星の呼び声

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星の呼び声

その日の夜は一郎の父、哲郎がノドグロの網漁業を終えて陸に戻る日だった。 哲郎は亭主関白の昔気質な男で、家路に着くまでに食卓には皿が並び、利き手側には酒が置かれて無ければ鬼の如く怒る、癇癪持ちだった。 一郎らはそんな父親に恐れをなしつつ、一年に一度の贅沢を味わうのだった。 「今日はすき焼き。皆、父さんが帰るまでにお鍋とお皿を並べて」 母公子は良妻賢母を絵に描いたような人柄で、日々一郎ら5人兄弟の家事育児に奔走していた。 一郎は末っ子で、上にいる兄や姉たちにも可愛がられていた。公子もついつい甘やかしてしまい、その事を哲郎に度々叱責されていた。 「またイチだけ先に食べるんでしょ? 父さんに内緒で!」 三女の峰子がふてくされる。 「大丈夫、みんなの分も今日はたくさんあるから、たんと食べて」 「となりの柴崎さん家から頂いた野菜が、たくさんあるんでしょ」 冷めた言い草なのは次女の千尋。その横で長女の奈美枝が炊き上がったご飯をかえしていた。 「もらえるだけ有難いよ。何もないよりましでしょう」 「姉ちゃん。父さん、来た」長男の幹久が窓から路地を眺めて言った。 「急いで急いで」公子が急かすと子供らは鍋を食卓の中央に置き、長箸は大黒柱哲郎の席へ。利き手側には芋焼酎とお猪口を添えた。 「帰ったぞぉー」 引き戸の音が鳴り、哲郎が濁声を効かせて入って来た。 「お帰りなさい!」 家族総出で出迎え、哲郎の土産を待った。 「今日は、すき焼きだな。肉屋で肉を買って来たぞ。店閉める所だったが売ってくれたよ。ありがたく食えよ? 父さんがお前らの為に買って来たんだからよぉ」 少し寄り道して酒が入っているのか、竹革の包みを手に哲郎は上機嫌だった。
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