0.父

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父がなくなった。 2020年の春、桜が散り始めた頃の明け方だった。 あっけない別れだった。 目の前に飾られた遺影と遺影を囲む花々は、全く父に似合わないくらいに素敵だった。花が父には似合わなかったから、父と花が一緒にあるのを初めてみた気がする。 あたしはふと、遺影の前に立って、父の写真を見つめた。 あたしが今までに見たことのない笑顔を浮かべて、こちらを見ているような錯覚に陥った。 ああ、この人はもう死んでいるのに。 もうこの父の笑顔さえもあたしは見ることは許されない。父はもうこの世にはいない。 あたしは親不孝な娘だった。 亡くなる数日前、父は「ありがとうな」とあたしの手を握り弱弱しくつぶやいた。父の表情は、すでに諦めているような寂しそうな、そんな感じに見えた。あたしのことを見ていてくれていたのだろうけど、あたしは父を直視することができなかった。 あたしは、父に聞こえたかはわからないが、自分が出せる精一杯の声で「うん」とだけ呟いた。もしかしたら届かなかったかもしれない。 父と話すことなんて、もう、5年ほどしていなかった。 他の人からすれば何て冷たい娘なんだと思われるかもしれない。それでもあたしはそれ以上言葉にすることができなかった。また今後何か話そう。そう思いながら、あたしは父の兄である叔父と病院を後にした。 これが生きている父との最後とは、知らずに 叔父から、父が危篤状態だと電話があったのは、会いに行った数日後の深夜一時ごろのことだった。叔父は透析をしており、その日は動くことすら辛く、その時間から父の病院へ行くことが困難だった。 「明日の朝6時に行こう」 その提案にあたしは賛成した。 本当ならあたしの家から父の病院まで10分もあれば行ける。けれど、あたしは、自分一人で父の病院へ行くことが、精神的にもできなかった。 過去の思い出から、あたしは父と会うことが怖くて仕方がなかったのだ。
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