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思えば、父はとても不器用な人だった。当時、父から愛情を注がれていたことを実感できなかった。大抵のあたしのことはすべて母が行っていた。そして、父はすぐに怒る短気な人だった。
それがあたしには怖かった。小学生のときに母に一方的に起こっていた父も、駅員さんに怒鳴り散らしていた父も嫌で嫌いだった。怖かった。
そんな父の死をたった一人で受け入れる覚悟があたしにはなかった。目の前で死にゆく父に声をかけてあげることが、きっと最後の親孝行だったのかもしれない。父が寂しく死んでいくこともなかったのかもしれない。それでも、あたしは行くことができなかった。
そんな勇気あたしにはなかった。
その夜、少し眠れず明日が来るのがとても怖かった。
昨年の春から、父が癌であることを知っていたはずで、いろんなところに転移していたことだってわかっていたはずだった。それなのに、いざ現実を突きつけられると、どうしていいかわからなかった。
けれど、涙は出なかった。父が死んでしまう、その現実だけがただ目の前に突き付けられて唖然としているような感じだった。
翌朝、叔父が時間通りに迎えに来た。叔父が車の中でいう。
『電話が2度きたんや。一度目は危篤という電話、そして、深夜2時ごろもう時間がないとお医者さんが言う。けれど、その日は透析で夜の運転は危ないので勘弁してくれというたんや』
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