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あたしの中にある父の記憶は、幼少期は全くと言っていいほどなかった。おじいちゃんの膝の上で内職の邪魔をしたり、母に大好きなのに嫌いと言ってみたり…。そんな楽しい思い出に父が出てくることはなかった。その頃父は何をしていただろう。
あたしには思い出せなかった。一つだけ、覚えているとするなら寝ようとしていた時に父があたしの布団にやって来て、横になっては眠ってすぐに大きな寝息を立てられるのが嫌で「すぐにあっちいって!」を言っていたことくらいだろうか。
それくらいしか、小学校に入るまでの父との思い出はない。父は、子どもの扱いをよくわかっていなかったと母が少し大きくなってから教えてくれた。
どう接していいのかわからなかったのかもしれない。
ましてや父は男兄弟の末っ子として育ち、女兄弟がいたわけでもない。父にとっての最初で最後の子供、それがあたしだった。
そんな父とあたしの関係に溝ができ始めたのは、きっと母と父が離婚した日からだろう。
それまで、保たれていた糸がほつれ始めたのは、あたしがまだ中学の頃だった。
そのときはまだ寒い冬で、部活動に励んでいた時間。みんなとわいわい楽しみながら、あたしは平凡な日を過ごしていた。
当たり前の日常が目の前にあったのに、それは知らない間に壊れてしまうことを知った。
夕方、家から学校までが遠かったからというのもあり、母がよく迎えに来てくれた。車に乗り込むと目を赤くした母をあたしはどうしたのかなと思ったことを覚えている。
泣いていたか、は覚えていないけれど母はいつも明るい人だったのに、その日は車内の雰囲気が、全く別のものに感じた。
そして一言母が告げる。
「離婚した」
と。
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