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アカネとは同じ大学の同じ学部、同じゼミのメンバーだ。取っている科目は殆どが被ってるし、顔を合わせることも少なくない。
裏を返せば、喧嘩していようがなんだろうが、互いに離れることは困難だということだ。例え授業前の講義室、席の隅っこに座ったアカネに露骨にそっぽ向かれていたとしてもである。
「あ、あのさぁ、アカネ……」
「煩い」
「うう……」
気が強くて男勝り、キレると手も出る足も出る――なアグレッシブすぎる幼馴染みは。ポニーテールを揺らしてぷん!とあっちを向いたままである。これはよほど怒っているのだろう、でも。
怒っているだけでないのは、わかっている。
なんせ彼女はもうすぐ講義が始まるのに、筆箱も参考書も机の上に出すのを忘れているのだから。
「あの女の子、外国人だって気付いてた?」
聞いていないわけではない。だから、俺は一つ離れた隣に座って、なるべく落ち着いた声で語りかけるのだ。
「日本語、ちょっとしかわからなかったみたいなんだ。ケースケのお姉さんに暫く様子見て貰ってたんだけど、言われた言葉を鸚鵡返しにするしかできなかったみたいで。その、今思い出すと最初に話かけられた言葉もカタコトだったと思わない?」
「……だから」
「お父さん、じゃなくて。後藤さん、って言いたかったみたいなんだよ。アジアの遠い国から、遙々親戚のおじさんを尋ねにきたんだって。小さいのに凄いよね。そのおじさんが、なんか俺によく似てたらしいよ」
「…………」
ちらり、とアカネがこちらを見る。どこか縋るような眼だ、と俺は思った。
「そんな漫画みたいな話、簡単に信じると思う?」
「……うん、まあ。俺もそう思うけど」
自分でも出来すぎた話だとは感じている。お陰で全く無関係なのに振り回されたし、ケースケとミナミさんには土下座せんばかりに頭を下げる羽目にはなったのだから。
それでもだ。
今から思うに――あの小さな女の子は、俺たちのキューピッドになるために来てくれた存在なんじゃないか、なんてことも思うのである。
こんなことでもなければきっと自分は、これからもアカネの優しさに甘えて、ずるずると“幼馴染み”なんて関係を続けるばかりであったのかもしれないから。
「アカネは。俺が中学や高校の時に、他の女に手を出して子供の産ませてポイするよーなゲス男だった方がいいんでしょーか?」
狡い言い方をしてやると、ごつん、と軽い拳が振ってきた。アカネにしては力のない一撃。いてっ、と顔を上げれば――泣きそうな彼女の顔と目があった。
「そしたら、もっとブン殴ってるし……泣く」
「泣いてくれるんだ」
「煩い、黙れ。お前のせいで、私はずーっと頭がぐっちゃぐちゃなんだから」
馬鹿だなあ、と俺は思う。
馬鹿なのは、お互い様だ。なんでこんな簡単なことに気づくまで、えらい遠回りを続けてきたのか。
「絶対ないから安心しろよ」
そして俺は、勇気を振り絞るのである。
「俺がそういう意味で興味あるの、お前だけだし。幼稚園の時から大学までずーっと一人だけだし」
瞬間。
再度目の前に星が散った。今度飛んできたのはまさかの頭突きで、俺は危うく椅子から転げ落ちそうになる。
「もう、マジで、馬鹿!変態めっ!」
彼女は泣きそうな顔で、それでも笑っていたのだった。
「これ、私からコクる流れだったのに!空気読めこの馬鹿馬鹿馬鹿!」
なお。
この場所は、大学の講義室。周りには他にも人がいたわけで。
後でばっちり目撃していた仲間達に、死ぬほどからかわれることになるのは――ここだけの話である。
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