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「美都奈のミツは蜂蜜のミツだね」
家に遊びに来た朱里が、私の出したハチミツレモンサワーを飲みながら言う。
確かに私は蜂蜜が大好きだ。トーストやホットケーキはもちろん、紅茶にも入れるし、最近は料理にも蜂蜜を使うようになった。小さな単身用キッチンのカウンターには、飲み物用、料理用、トースト用と、複数の蜂蜜が並べてある。
そう言えば私はいつからこんなに蜂蜜が好きになったのだろう。たぶん、あの日の飲み会でハニートーストを食べてからだ。
「ねえねえ、美都奈はさ、好きな人とかいないの?」
女同士だと必ずこんな話になる。もちろん里村さんとのことなど言えるはずもない。たとえ友だちでも。いや、友だちだからこそ。
「うーん、いないよ。最近は仕事ばっかりかな。朱里は?」
適当なことを言ってごまかす。
「何かもう、次は気楽なやつがいい。不倫とかしてみたーい」
朱里は元彼ともめて、最後は向こうがストーカーみたいになって、ようやく先日決着がついたばかりだった。でも、だから不倫ってそれもどうかと思う。いや、そう言う私が不倫しているのだけれど……
不倫が気楽。そんなことが言えるのは、その実際を知らないからだ。
でも、もしかしたら向こうは気楽なのかもしれない。
「旦那さんと別れてください」
ドラマで不倫相手が奥さんに詰めよっていた。
そんなこと、言えるわけがない。会ってくれるだけで十分なのだから、それ以上なんて望めない。迷惑をかけるなんてもっての他だ。
私は結婚を迫ることはない。里村さんはそれを見越して私を選んだのかもしれなかった。
でも、だからと言って心の中でそれを望まないわけではない。出口がなくて行き場のない欲は大きくなるばかりで、私を苦しめる。誰にも相談すらできないその思いをいつまで一人で抱え続けることができるのだろう。
朱里が帰った部屋で、私は一人、ホット蜂蜜レモンを飲んでいた。
不倫、人の道から外れる行為。改めて言葉の意味を突き付けられると、自分がどうしようもなくダメな人間に思える。
恋愛も、早い者勝ちなのだと思う。
同じ人を好きになっても、相手が既婚者なら、後から好きになった方は負けどころか悪者にさえなる。
里村さんが既婚者である地点で、私にはもう勝ち目なんてない。でも、好きだから離れることもできない。
そんなの、ただの地獄だ。
気づけば、最初のドライブからすでに三年が経っていた。
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