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04.
……気が重い。
『これループしてる? ずっと同じ景色だよね?』と錯覚させる無限田んぼを車窓越しに眺めながら私は、田舎へと向かう冷房もろくに効いていないローカル電車のなかで頭を抱えていた。
お盆で実家に寄生虫。じゃなくて帰省中。
三か月ほどまえ電話で健太郎に啖呵を切ってしまった手前、隣にイケメンがいない状態で帰郷するのは悔しい。というか情けない。
イケメンが実はハゲでデブでチビでしかもケチなおっさんだったことを言ったらきっとあいつは笑うだろう。
人を馬鹿にするために存在するあいつの笑い声が耳元から聞こえる気がした。
くそう。
あのハゲもそんなに悪い人ではないんだろうけど……。
ああ、加工が憎い。
いやいまはそんなことどうでもいい。
とかなんとかそんなことを考えていると地元駅に着いた。
お正月には帰らなかったので丸一年ぶりということになる。
キャリーケースを抱えて電車を降りる。三泊くらいはしていこうと思っているので荷物が多い。
火が着いたら一瞬ですべてに燃え移りそうな木造ホーム。
気温の割に涼しい風と土のにおい、そしてやかましい蝉の声。
昔のまま手を入れられていない風景に懐かしくもあり、今後手を入れられることはなさそうだと思うとなんだかセンチメンタルジャーニーな気分になった。
改札に進む。
都会ではありえないが無人だ。
自動改札という意味ではなく窓口とかにすら人がいない。というか窓口がない。
逆に無人駅とか最先端なのでは? ……オール電化じゃなくてオール木造だけど。基本的に田舎は信用で成り立っているのだ。
信用取引の先駆け。
玄関の鍵とかまったくかけないしね!
バリアノンフリーの地面にガタガタとキャリーケースを転がせながら改札を出て視線を前に向けると、これも信用と呼んでいいのか、今年も逆光のなかによく見知ったシルエットを発見した。
……今日くらい遅れてくればいいのに。
変なところ律儀なのがこいつなのだ。
私はヨッと右手で敬礼のポーズをとると健太郎もそれに合わせて同じポーズを返した。
「今年もお出迎えご苦労」
「へいへいお安い御用ですよ……で、イケメンさんはどこですか?」
健太郎はその上げた右手をそのままに今度は辺りを見渡す。
やっぱり覚えていたか。
しかもわかっていてやってる。性根が悪い。
「イケメンは夢幻の如くなり」
「なんで敦盛の最期? まあこうなるとは思っていたけどさ」
「うっさいな。でもこれは私が悪いってわけじゃないんだから」
「はいはい」
「あ、信じていないな」
「信じていますとも。あとで聞くよ。ほら車、向こうに止めてあるから」
「むう」
絶対に信じていないなこいつ。
あとでたっぷり話してやろう。
私の努力が水泡に帰した長い長い談話を。
私たちはロータリー……ではないな。田舎風に『車回し』といったほうがいいだろう。そこに止めてあるボロボロの軽トラに向かって歩き出す。
「うわ、荷物多いなっ。持つからちょーだい」
「ん、ありがと」
健太郎が左手を差しだしたので歩きながら荷物を渡す。
「あいよっとやっぱ重いな……それに暑い」
「都会のもわっとした感よりはマシだけどね……」
言いつつ私は右を歩く健太郎を盗み見る。
あれ。こいつこんなに背が高かったっけ?
成長期? ……そんなわけないか。
とか考えていたそのとき。
「っていうかさ」健太郎がぐいっと顔を近づけてまじまじと見てくる。
「なっなに?」
まずい。汗で化粧が崩れているだろうか。
私は一歩引いて空いた両手で顔を隠すようにしながら健太郎を見上げた。
「うんやっぱりな。……最近、キレイになった?」
「へっ?」
私は思いがけない幼馴染のクリティカルな一言にわたわたと後ずさる。
それイケメンに言ってもらいたかったやつ!
いきなりそういうこと言うな。なんてリアクションしたらいいかわからないだろうが。
……でもまあ。
誰にも言われないよりはいいかな。
「あ、ありがと。…………私、びじいんぐかな」
「なんだそれ? 忙しい人?」
「……なんでもない」
びじいんぐってお前が言ったんだろうが。電話で!
はぁ。無駄に恥ずかしい。
三十路女子が幼馴染男子になに訊いているんだか。
えっと、これはつまり。
近くのイケメン(幻)より遠くの腐れ縁、ということなのだろうか?
「――ほら、はやくいこうぜ」
「……うん!」
健太郎が屈託なく笑って私が肩を竦めた。
これが新しい恋の芽生えとなるかは、また別の話だ。
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