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01.
「それにしても楓がマッチングアプリに手を出すなんてなぁ。くくっ……。地元のやつらに教えていい? いやー笑い過ぎて腹が痛い。本当に」
ああもう勘弁してくれ。
電話口で笑い転げている健太郎を想像して顔をしかめた。
べつにこの話をしたかったわけじゃない。かかってきた電話の話の流れでポロっと喋っただけなのだ。
灯りもつけずにベッドの上に寝転がりながらスマホに向かって抗議する。
「勇気を振り絞ってアカウント登録したんだから笑うな。まあなんというかね。都会には都会の事情があるっていうか。田舎に引き籠もっている健太郎にはわかりっこないことが星の数ほどあるんだよ」
とは言ってみたものの本当のところは都会の事情なんてあるはずもなく、ただ働き詰めで出会いがないだけである。
『三十過ぎ』と『オバサン』を等式で結んでいた学生時代の自分に真空飛び膝蹴りを喰らわせてやりたい。
まだお姉さんだろうが。
……そうだよね?
「はいはいわかったよ。で、楓はなにに困ってるって?」
そうなのだ。私は困っているのだ。
だからこの話をしたわけであって。でもいざとなると言いにくい。
「いや……なんといいますか」
「そのアプリで男が全く食いついてこない? それとも変な男からアプローチされているとか?」
「えーとその逆でして」
「逆?」
「うん真逆」
「イケメンが釣れて困ってるってことか。もしかして自虐風自慢?」
「ちがくて。本当に困っているんだってば。だからその、盛り過ぎちゃってね」
「モリってなんだよ。森林の?」
誰の顔面が生い茂っているって?
脱毛は人類の叡智であり努力の結晶。
「画像加工しすぎたの。自分をよく見せるためにね」
「ははーん。要するにデコり過ぎね」
「デコるって古いな。まあそれでね、そのイケメンに実際に会ってみましょうって言われたんだけど……。そのとき鏡に映る私と加工品の私を比較したら吐き気をもよおして。即座に『待った!』のメッセージを送ったってわけ」
「吐き気って。あーあ、もったいねー。前髪を掴み損ねたな。加工なんて当たり前だろうが」
珍しく健太郎が私を擁護する。
「そうかな? 当たり前かな」
「そーだぞー。だって鰹節なんて千年以上前からあったぞ?」
「たしかに加工品だけど! 地元の名産だけど!」
「そもそも楓ってたしか自分のことをウルトラポジティブとか言ってなかったか?」
「そういう痛い過去は地元に置いてきたの」
「さいで。なあにびびってんだかねえ。美人で有名だったのに」
「過去形はやめて。お願いだからingつけて」
「美人……。ing……。びじいんぐ?」
「それだとただの忙しい人でしょうが」
busying。
たしかに若いころの私はちょっぴりモテたがそれも地元で田舎のリアル動物の森での話。
でも褒められるのは悪い気がしない。
過去の栄光万歳!
自己肯定感は社会を生き抜く力!
残るのは虚無感。
こんな感じで自己肯定感と虚無感を繰り返すと私のような大人が出来上がります。
それはともかく。
「――まあ仕事が忙しくて、ニキビとか肌あれがすごいんだよ。化粧で誤魔化せないレベル。肌が隆起沈降してるんだよ。わかる? 理科の教科書にのってそうな。でこぼこのやつ」
「全然わかんねーよ。学生時代は男に告白されてもフってたのに、今になって焦ってるのか?」
「あのころは部活が忙しかったの」
そもそも同じ独身である健太郎にここまで言われる必要はないと思うが。
「てゆーかさ、ニキビなんてすぐ直せるんじゃねーの?」
「はい敵に回しました。世界中にいる全ニキビ撲滅委員会会員を貴方は敵に回しました」
「なにその秘密過ぎて誰も知らない結社は。ま、よく知んねーけどいまはネットとかでスキンケア商品とか買えるんだろ? こっちにだって田舎だけどなんでも届けてもらえる時代だぞ。そういうの使って地道に治せばいいんじゃねーの。ほら続けるの、得意だったろ?」
「へ? 続けるのが得意?」
「ずっと部活続けてたろ、泥まみれになって。しかも大学までさ。普通はやらねーと思うぞ。俺なんて大学のときは酒まみれというかゲロまみれだったけどな。くくっ」
「……それもどうかと思うけれど」
たしかに子供のころはなにかを続けるというか没頭することが好きだった。
大人になって余裕がなくなって、仕事が一番優先になって、ほかのことはないがしろにしてきた。
それはこの肌に帰結し、加工アプリに頼る汚い心の出来上がりというわけである。つまり私のニキビは都会のせい! と責任転嫁するのは簡単だが、実際のところ半分以上は自分のだらしなさと。
大人になってなにか変わってしまったということだろう。たぶん。
ちょっとへこむ。
「あ。そうだ。楓に電話したのは肌のお悩み相談を聞くためじゃねーんだよ。帰ってくんのか確認したかったんだ」
ちゃんとした用件があったのに私のマッチングアプリネタでゲラゲラ笑ってたのか。早く本題を話せよまったく。
でも、はて。
「帰るってどこに?」
「お盆の話。もうすぐだろうが」
「ああ」
お盆ね。
親戚や友達の子供を可愛がってミジンコみたいな夏のボーナスをばらまきそんな自分を惨めがるとても楽しいイベント。
「で、どうなんだよ」
いつも帰るのが億劫だった。だって、結婚の予定はとかいまどき普通に訊いてくるんだもん。モラハラだろ。モラハラ。
今年も帰りたくないなぁ、と考えていやちょっと待てよ。と思い至る。
そうだ。これは健太郎を見返すチャンスではないか。
「うん、帰るよ。……隣にイケメンを連れてね」
「本当かよ?」
「嘘は言わないタイプだから」
「散々自分の顔を加工していた癖によくいうよ」
「イケメン過ぎて腰を抜かさないでね」
「へいへい。んま、楽しみに待ってるわ。じゃよろしくー」
プツッっと電話はあっさり切れる。
私はスクっと立ち上が……らず、寝っ転がった体制のまま、スマホをいじる。
いや、結局諦めたなどでは全然ない。
健太郎の言う通りたしかに今はネットですぐにスキンケア商品を買える時代なのだ。
ビバ! 現代科学!
私は暗い部屋のなかブルーライトに顔を照らされながら検索しまくった。
ふむふむなるほど。
「いつの間にかこんなにたくさん知らない商品が発売されているんだ……」
自分がどれだけさぼっていたのかよくわかる。
スキンケアの技術は日進月歩なのだ。
私は商品説明にかじりついて、結局めちゃくちゃ購入した。
必要なものを買えばよかっただけなのだが、これは私なりの決意表明である。背水の陣。不退転の覚悟。お金をかけていまえばこっちのもの。後には引けない。
あとは突き進むだけである。
そう大人女子はイケメンのためなら無敵なのだ。
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