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02.
こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。
私バーサス大人ニキビ。
ほら貝とゴングで迷って、甲高いゴングの音が脳内に響き渡る。
カーン。
先制は私。
洗面台の前に仁王立ちして届いたスキンケア商品をじっと見つめながら百戦錬磨のボクサーのごとく構える。
そして一呼吸するとそれぞれのケア商品をこれでもかと塗りたくる……のではなく、正しい用法・用量で使いこなしていく。
ばちゃばちゃ使えばいいってわけじゃない。
それはネットの美容コラムで予習済みだ。
そのほかにも毎日の生活習慣。たとえば適度な運動、睡眠、バランスのよい食事がいいらしい。
そしてストレスを溜めない。これは難しそうだが。現代社会の闇は海よりも深い。
そういうことを考えながら肌を丁寧にケアしていく。
ふと洗面台に揃えた色とりどりの化粧品やスキンケア商品が目に入って顔が綻んだ。
あー。こういうのって新しい文房具を買ってもらった子供の頃を思い出すなぁ。
なんだか楽しい。わくわくする。
――と、最初の数日間はこんなポジティブな気持ちで過ごしていたのだが。
いくら私が頑張ろうとも大人ニキビ先輩は簡単に引っ込んではくれない。
なんとなくわかってはいたが、ニキビというものは一朝一夕で治るモノでもないらしい。
『スキンケアに近道はない』のだ。
私も最初の二週間、全くと言っていいほど効果が出なかった。
しかしここで諦めるわけにはいかない。
つまりこれは心の戦い。
意志力の勝負。
ニキビが薄れては復活し、治ったと思ったら違う場所に音もなく現れる。拮抗している綱引きみたいな感じだ。
脳内で小さい私達とニキビたちの綱引きを想像してみて、やめた。
不毛だ。
三週間、一か月と時間が経つにつれ何度も心が折れかけた。
重なる出費。改善しない肌……。
ああもう。イケメンに会えるのいつだよ!
会う前に飽きられたらどうする。
なかなか会おうとしないプライドの高い女だと思われていたらどうしよう。
でも、でもだ。
私は知っている。昔の人はよく言った。
ピンチはチャンスなのだと。
この甲斐甲斐しい努力が私を内面から変える……のかもしれない。
あらやだ肌じゃなくて私がターンオーバーしちゃう。
新しい私がここに爆誕!
そして健太郎が言った通り学生時代に鍛えた忍耐力が役に立ったのかもしれない。
もと田舎者のド根性である。
ただ、ひたすらにスキンケア。
ケア、ケア、ケア。
起きたらケア。
外出前にケア。
寝る前にケア。
ケア。ケア。ケア。
そんな感じで回復魔法が習得できそうなくらいケアしまくった結果。
そう、集中的なスキンケアを始めてニケ月とちょっとしたあと――
「……これはちょっと自信持ってもいいんじゃない?」
と鏡の国のアリスよろしく鏡のなかの自分に話しかけてしまうくらい、魔法がかかったようなつるつるお肌の私がそこにはいた。
これなら会える。
むしろ『写真よりもキレイだね』なんて言ってもらえるはずだ。
二次元の加工品の私を三次元が超える瞬間……まさに次元が違う!
イケメンに甘い言葉をかけられたらなんて答えよう。
膨らむのは妄想と自己顕示欲。
まずい。ニヤリティが高すぎる。
待ってもらっていたデートの約束もばっちり漕ぎ付けた。
勝負の大一番は次の日曜日。
ふふふふふ。はーはっはっは。
健太郎、みていなさい。
私は故郷に錦を飾る。アラサー女子の凱旋である。
パレードの準備は任せたぞ。
あ、結婚式場はチャペルがいいな! たぶん地元にはないけど!
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