第2話 いきがみ

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 そう言って、僧衣の男は僅かに残っていた抹茶を飲み干し、はあっと息を漏らした。  朱塗りの茶碗はしっくりと僧衣の男の手に馴染んでいた。  中身が無くなっているにも関わらず、茶碗からは香しい抹茶の香りが微かだがしている。  良い店だと僧衣の男は思った。  この店の、きちんと磨かれたテーブルや椅子は美しく光を放ち、輝いて見える。 (店の中に置かれたアンティークの置物も、どれもこれも美しい……それに、あの時計)  僧衣の男は店の掛け時計に目を向ける。  金色の振り子が鈍い光を放ちながらゆっくりと揺れる、優美な時計。  年代物で高価ではあるが、一目見ただけではただの小振りの振り子時計であるソレの密やかな秘密を知った時の感動を僧衣の男は思い出す。  僧衣の男は、もともと子供の頃から父親に連れられ、たまに店を訪れていたが、時計の秘密を知ってからは一人でちょくちょく黒巣屋に来る様になっていた。  この店の主人が集めたと言うアンティークの装飾品や食器等を眺める事も、僧衣の男の楽しみの一つで、特に貴重な物からそうで無い物まで、主人がこだわりを持って収集したコレクションである食器は店の客の中でも限られた者にしか提供されていないらしく、僧衣の男は自身がそのコレクションでもてなされる客の一人である事に誇らしさと優越感を持っていた。 (この店は完ぺきだ。しかし、今、目の前にいるこの男はどうだろう? 彼はこの店に……彼女にふさわしいのか否か?)  僧衣の男の心はもう決まっていたが、一度彼女を任せたからには、きちんと話し合って事に当たらなければならないと決めていたのだ。
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