第二章 サイダー

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 綾坂さんと初めて話した時のことを、僕は昨日のことのように思い出せる。  たまたま同じ委員会になった綾坂さんは委員会内での自己紹介をした後にこっそり僕に尋ねてきたのだ。 「坂本っていうの?」  ひそひそと尋ねる仕草に、どうしてそんなことを聞くのだろうと不思議に思ったのをよく覚えている。  その頃は綾坂さんのことを好きでもなんでもなかったし、ただの同級生としか思っていなかったから、そうだけどと素っ気なく頷いたのだ。  後から幾度となく思い出しては綾坂さんに対してあの対応は何だと頭を抱えてきたものだ。 「私はね、綾坂っていうんだ」 「知ってる。さっき言ってた」 「あはは、だよね」  綾坂さんは無邪気に笑って、そのまま指先を机に乗せた。  そのぴんと伸びた指になぜか目を引かれたのをよく覚えている。 「坂の字、同じだね」  そう言いながら柔らかくふにゃふにゃとしてさえ見える輪郭で坂の字を机に描いた綾坂さんは同じように柔らかな笑顔で僕を見ていた。  その時から、僕は綾坂さんに恋をしたのだ。
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