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校内に入ってしまうとやっぱり外よりはずっと涼しくて、汗ばむ肌がすっと冷えていくのが分かった。
教室はクーラーがあるからもう少し涼しいだろう。早く戻りたい。
真奈もぱたぱたと手で仰ぎながら、やっぱり中の方がいいねと笑っている。
手の動かし方ひとつ、指の伸ばし方ひとつさえ、ひどく意識して作られているものに感じる。
どうすれば庇護欲を誘うほどの可愛らしさを演出できるか、真奈はよくわかっているのだろう。
けれどそれは真奈にとって当たり前のことで、別に私がいるからしているわけでもなんでもない。
相手が誰でも嫌悪感を持たない限り、真奈は同じことをするのだろう。
同じように可愛らしい真奈であり続けるのだろう。
「あーあ、ちょっとぬるくなっちゃった」
笑みを浮かべながら真奈がそう言って、ちゅう、と柔らかくストローを咥えてその仄かにピンクに染まった白に近い液体を飲み込んだ。
唇をなぞる舌先がやけに艶かしい。
真奈は明日も暑い暑いと言いながら、いちごオレを買いに行くのだろう。
もちろん、それは私もだから、人のことは言えないのだけど。
ねえ、真奈が買いに行くから私もいちごオレを買いに行くのだと言ったら、真奈はやっぱり笑うかな。
それとも不思議そうな顔をするかな。
そんな口が裂けても言わないことを考えていることが我ながら馬鹿らしくて、私は思わずいちごオレの紙パックに刺しているストローを噛み締めた。
ストローに残る歯型は、我ながらひどく子供っぽい。
「あ、透くんだ」
真奈が唐突に声を上げた。
正面から歩いてきた男子生徒に向かって、真奈が親しげに手を振っている。
私が顔を顰めた辺りで向こうも真奈に気付いたらしい。
あからさまに嬉しそうな笑みを浮かべているのが見えた。
そのまま立ち去ってくれればいいものの、その人はにこにこしながら歩み寄って来るから、より一層顔を顰めてしまう。
もう少し遠慮というものをしてほしい。
「おはよ、綾坂さん。またいちごオレ?」
「いいでしょ。好きなんだもん」
真奈が校則に違反しない程度に緩く巻いた髪を揺らしながら、ふわふわと笑う。
こんな人に愛想を振りまわなくていいのに、と私はついムッとしてしまった。
この暑さで制服を少しも着崩さずに涼しげな表情を見せる、この坂本透という隣のクラスの男子が私は少し苦手だった。
それはこんな風に、真奈に対しての好意を隠そうともせずに見せつけているからかもしれない。
どうしてこんなに好意を明け透けにできるのだろう。
私は好きだとか恋してるだとかそんなみっともない感情を心の奥に押し込めているのに、どうしてこの人はこんなにも自由なのだろう。
そんな風にどこか僻んでしまっているから、苦手なのかもしれない。
もちろんそれが八つ当たりだということは分かっているのだけど、もうこれはどうしようもないのだ。
どうしようもなく嫌なのだ。
それに理由が何であれ、私がこの人を苦手なことに変わりはない。
楽しそうに談笑していた坂本の目が一瞬だけ私に向けられる。
その鋭さに、冷ややかさに、私は体を固まらせた。
でもそれは本当に一瞬の出来事で、すぐに真奈に移される。
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