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最終話:上
最終話(上中下)のみ、三人称視点になります。
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自宅マンションに戻って3日目。
毎日のように仕事帰りにやってくる玄に、真木が言った。
「玄、お盆だからぼくは実家に帰るよ。姉さんの墓参りもしたいし!」
余程がっかりした顔をしていたのだろう。
真木が玄を慰めるように続けた。
「帰ってきたら、もう一度、江ノ電に乗りに行こう」と。
稲村ケ崎で真木を連れ去られた苦い思い出が、玄の頭をよぎる。
それでも、真木が言うならと承知した。
真木と会えない日々は長い。
どこにいるのかわかっていたとしても。
1週間後。
待ち合わせ場所に、玄は時間の30分前には着いていた。
見上げれば、眩しいほどの晴天。
青空に湧き上がる真っ白な雲。
朝から30度を超す真夏日だ。立っているだけで汗が噴き出す。
日陰で一息ついていたら、キョロキョロしながらやってくる真木が見えた。
「真木さん、髪、切ったんですね」
会った瞬間、玄は真木に告げた。
1週間ぶりに会う真木の髪は、耳と襟足が見える長さになっていた。
「うん、暑くなって、結んでもすぐにとれちゃうから」
「ああ、真木さんの髪、柔らかいから」
「夏は汗かくし、短く切ってもらったら楽で。似合うかな?」
玄は、こくこくと頷いた。
似合うなんてものじゃない。ものすごく可愛い!と声を大にして言いたかった。
今日の真木は、白と青の細いストライプのシャツに、白のハーフパンツを履いている。
足元は涼し気なサンダル履きだ。
線が細く女性的な顔立ちが、髪を切ったら中性的な印象になった。
待ち合わせた駅前で、すれちがう女子たちが、ちらちらと真木を見る。
自分の顔がどんどん不機嫌になるのがよくわかる。
「玄?」
「え、ああ、行きましょう!」
この間とは逆に、藤沢駅から鎌倉方面に向かって江ノ電に乗る。
このルートは真木のリクエストだ。
「好きだったアニメに出てくる駅が江ノ電沿線だなんて、知らなかった」
「鎌倉高校前駅は有名なんですよ」
「一度、見てみたかったんだ!」
真木の目がきらきら輝いている。
江ノ電の中で、真木は嬉しそうに玄に話しかける。
しかし、玄は真木に視線を合わせようとしなかった。
話しかけても上の空の玄を、真木は怪訝な顔で見る。
だが、玄に言えるわけがなかった。
真木の首筋と白い項が、話すと嫌でも目に入るのだ。
──暑いからって、シャツのボタンを開けすぎじゃないのか?
──ハーフパンツも、ろ、露出が多すぎでは!?
半袖から伸びる白い腕にまでドキドキしているなんて。
にこにこと笑う真木に言えるわけもなかった⋯⋯。
江の島駅を出ると路面走行区間があり、真木の瞳が輝く。
住宅街の軒先すれすれを抜けていくと、右手に開けるのは海だ。
真夏の海は、依然見た海とは全く違っていた。
青、青、青。
空の青と海の青。きらきらと細かく輝く陽射しの欠片が水平線を彩っている。 開いている窓から、潮の香りが飛び込む。
「⋯⋯玄!すごい!!」
目の前の海と同じぐらい輝く真木の笑顔に、玄は息をのんだ。
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