11.玄

2/2
前へ
/18ページ
次へ
 仕事帰りにカードに書かれた住所に行った。  マンションと部屋番号はわかっても、入ることはできない。  いるのか、いないのか。  エントランス前に立って途方に暮れていると、側を通る住人にじろじろと見られた。  いつ通報されてもおかしくない。  偶然に会えることはなかった。せめてもと足を運び、遠くから眺める。  だんだん疲労がたまっていく。  それでも、真木さんに会えるかもしれないと思うと足が向かった。  上司から言われて、一人で営業先を回った帰り道。  真木さんがいるマンションに近い。  少しだけ見て帰ろう。  ⋯⋯マンションの入り口から出てきた人がいた。  白いパーカー、細身のデニム。空を眺める茶色の頭。  手には、俺の渡した傘があった。  気が付いたら、駆け出していた。  柔らかい髪が頬に触れた。  ほっそりした体が腕の中にある。  真木さんがむせて咳込むまで、自分がどれほど彼を強く抱きしめていたのか気づかなかった。 「足、すっかり良くなったんですね」 「うん。もう、なんともないよ」  電車のシートに座って、にこりと笑う。  家まで送っていくと言うと怪訝な顔をされた。 「⋯⋯仕事は?」 「直帰にしました」  明日のことは明日考える。上司に怒鳴られたっていい。  少しでも一緒にいたいんです、とつぶやくと、真木さんは真っ赤になってうつむいた。 「半月たってる!」  真木さんが熱気の籠った部屋に入って叫ぶ。 「あちこち開けてくるから待ってて!」  エアコンを付けながら、真木さんが部屋じゅうの窓や扉を開けていく。  部屋の中に、ゆるやかに風が通っていく。  前は4人で住んでいたというだけあって、家族用のマンションだった。  ここに一人で住んでいたのか。  リビングに通され、ソファに座る。  住人の居ない広々とした部屋は、なんとなく寂しい気持ちになる。  大型のTVの前に1枚の写真があった。  真木さんによく似ている。  淡い茶色の髪、栗色の瞳。花のように笑う人。 「それ、姉なんだ。⋯⋯雨に濡れるのが好きだった」  ペットボトルとグラスを二つ持って、真木さんが汗をかきながらリビングに入ってくる。 「真木さんに似てる」 「よく言われる。7歳違いだから、母親が二人いるみたいだったよ。何でも面倒見てもらってたんだ」  ずぶ濡れになっていた真木さん。 「開けてないお茶があってよかった」  氷の入ったグラスに緑茶が注がれる。カラン、と氷がグラスに触れる音がした。  真木さんが美味しそうにお茶を飲む。細い首が、ゆっくりと動いていく。  その仕草を息を詰めて見つめた。 「ねえ、真木さん。俺、ずっと言いたかったことがあるんです」 「ん?」  グラスを置いた細い手を、腕を伸ばして握りしめる。あの日のように離したりしない。 「あなたが、好きです」  
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

248人が本棚に入れています
本棚に追加