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「先ほど、親方と話していた『黒柿』とは何ですか?」
工房をあとにして、また船長の後についていく。船長は歩きながら答えた。
「柿という果樹の材の中で特別な種類のものだ。古木の中にタンニンという黒いものが蓄積して、美しい木目をなすものがあるのだが……どの古木にも出来るものではない。きわめて稀なものだ。柿はもともと果樹だから、材にも虫が付きやすいのだが、タンニンか沈着した黒い部分は硬く、上手に乾燥させると耐久性が非常に高い。材の熟成にも技術がいる貴重な木材だ。わしも長くこの仕事をしているが、せいぜい2回くらいしか扱ったことがない」
「なるほど……それを歯車に加工しようというのですね。でも、そんなに硬いものだと、加工するにも骨が折れますね……。カリヤス親方はすごいなぁ」
「なぁ、セイランよ」
街を行き交う人混みの中、船長が立ち止まる。
「おまえはなかなか熱心だな。他のを連れ歩いても、商材の詳細を聞かれることはない」
「あっ、……いえ、その……この仕事が好きなので、少しでも早く船長の役に立ちたくて……。力仕事ではまだ全然戦力にならないし……」
船長は振り返って豪快に笑った。
「力仕事は毎日やってりゃ何とかなるもんだ。商船の船乗りは商材知識と頭が無けりゃ無理だ。お前にゃ見込みがある。カリヤスもそれを知って、お前に笛を与えたんだろうさ」
「!」
先日、コテンパンに叱られてしょげていた気持ちが一気に吹き飛んだ気がした。
「さぁて、次行くぞ次!」
「はい!」
大股で歩き出した船長の後を、慌てて追った。
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