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船上は奇妙な興奮に包まれていた。
朱の国の港で、念願の黒柿を見ることができた。加工するに申し分無い大きさだった。状態もいい。黒柿を売りに来た霧の谷の者はカチと言って、陸に上がった青の民。黄の国のカリヤスの工房のことも知っていた。
思っていたより大変よい品だったので、言い値よりも更に金額をのせて買い取った。それだけでも、気分が十分高揚する出来事だったのだが、水晶の出物があったのだ。
好機には引きというものがあるのだろうか。四年前の火の山の噴火跡が大分落ち着き、貴石の採掘が再開されたタイミングで、大人の握りこぶしほどの大きさのある高純度の天然水晶が発掘されたのだ。
競りは公開だったので、それは大変な騒ぎになった。買い取り金額は、カリヤス親方が持たせてくれた資金がギリギリ間に合うかどうかの高値まで釣りあがった。
船長が競り落とした瞬間には、ホッとすると同時に居心地の悪い緊張感も襲ってきた。
これを無事にカリヤス親方の元に届けなければならぬ。
いつもなら、港町で一泊休んでから翌朝立つところを、船員総意一致、慌ただしく夕闇に染まり始めた朱の国の港を出立した。
おりしも月夜。星空は高く澄んでいるが、海上には強い風が吹き渡り白波が泡立つ。三角帆は風をはらみ、船は何かに追い立てられるように進んでいく。
船乗りの勘というのか……。なぜだか嫌な胸騒ぎが、船員全員の心を覆っていた。
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