静穏

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 船首が岩にぶつかったので、ロープを岩の出っ張りに巻く。足元を波に洗われながら、岩に手をかけてよじ登る。顔を上げると、岩の反対側の先に長い髪の背中が見えた。 「……だ、大丈夫か?」  荒い息をつきながら声をかけると、相手はゆっくり振り返った。 「呼んでないのに、そっちから来るなんて、どうかしてる」  やっぱり女だった。それも、若い。逆光になって、表情はよくわからないが、ちょっと怒っているようだ。 「みんな……馬鹿にしてんでしょ、わたしのこと」  何を言っているのか分からない。狭い岩の上を這うようにして近づいて、初めて、何とも言えない違和感を覚えた。 「おまえ……人じゃないな」 「そうよニンゲン! あんたたちの言葉でいうと『海の歌姫』ってやつよ」  よくよく見ると抱えた膝は鱗で覆われていた。年かさの船乗りから目撃譚を聞いたことはあったが、本物を見るのは初めてだ。ましてや、言葉を交わすなんて……。 「なにしてるんだ? こんなところで……」 「いわゆる罰ゲームってやつよ」 「罰ゲーム?」 「姉さんたちに、船の一つでも沈めてこいって」 「沈めるって……あのさ、今日の最終便は終わったぞ。これから入港してくるとしたら、トラブル起こしたイレギュラーなヤツしかないはずだ」 「……マジか。獲物は来ないのか」 「多分」 「じゃ、おまえ、沈むか? ……と言っても、しょぼいな。手漕ぎか。ほっといても勝手に沈むやつだ」 「なんてことを……」  絶句。  あんまり質のいい奴じゃないのは知ってたが、噂にたがわず性格悪い。  でもまぁ、救助者で無いのなら用はない。帰ろう……。  後ずさりを始めたら、腕つかまれた。 「何もしないで帰るのか?」 「何もされないうちに帰るよ!」 「ちょっとはつきあってよ。さっきから、陸でぼーっとしてたの知ってるんだから」  変なのに絡まれた。  いや、こっちからちょっかい出しちまったんだ。失敗。
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