9人が本棚に入れています
本棚に追加
船首が岩にぶつかったので、ロープを岩の出っ張りに巻く。足元を波に洗われながら、岩に手をかけてよじ登る。顔を上げると、岩の反対側の先に長い髪の背中が見えた。
「……だ、大丈夫か?」
荒い息をつきながら声をかけると、相手はゆっくり振り返った。
「呼んでないのに、そっちから来るなんて、どうかしてる」
やっぱり女だった。それも、若い。逆光になって、表情はよくわからないが、ちょっと怒っているようだ。
「みんな……馬鹿にしてんでしょ、わたしのこと」
何を言っているのか分からない。狭い岩の上を這うようにして近づいて、初めて、何とも言えない違和感を覚えた。
「おまえ……人じゃないな」
「そうよニンゲン! あんたたちの言葉でいうと『海の歌姫』ってやつよ」
よくよく見ると抱えた膝は鱗で覆われていた。年かさの船乗りから目撃譚を聞いたことはあったが、本物を見るのは初めてだ。ましてや、言葉を交わすなんて……。
「なにしてるんだ? こんなところで……」
「いわゆる罰ゲームってやつよ」
「罰ゲーム?」
「姉さんたちに、船の一つでも沈めてこいって」
「沈めるって……あのさ、今日の最終便は終わったぞ。これから入港してくるとしたら、トラブル起こしたイレギュラーなヤツしかないはずだ」
「……マジか。獲物は来ないのか」
「多分」
「じゃ、おまえ、沈むか? ……と言っても、しょぼいな。手漕ぎか。ほっといても勝手に沈むやつだ」
「なんてことを……」
絶句。
あんまり質のいい奴じゃないのは知ってたが、噂にたがわず性格悪い。
でもまぁ、救助者で無いのなら用はない。帰ろう……。
後ずさりを始めたら、腕つかまれた。
「何もしないで帰るのか?」
「何もされないうちに帰るよ!」
「ちょっとはつきあってよ。さっきから、陸でぼーっとしてたの知ってるんだから」
変なのに絡まれた。
いや、こっちからちょっかい出しちまったんだ。失敗。
最初のコメントを投稿しよう!