9人が本棚に入れています
本棚に追加
「ほら、ここ座れ」
すぐ隣をピタピタ叩く。あ、こいつ水掻きついてる。
「名前、なんての?」
「……セイラン」
「ふーん。わたし、カプリ」
いや、どうでもいい。
「なんで、でっかいため息ついてたの?」
「……こ、ここまで聞こえたんか?」
「聞こえたから、訊いてんじゃん」
こいつに言ってもわかるのか?
「かっこ悪い話なんだけど、仕事でちょっと失敗して、叱られて……」
しばらく間があいた後、カプリは膝を抱えてうつむいた。
「陸も大変なんだな」
不思議と同情的な響きだった。
「……実は、わたしもため息ついてたんだぁ」
月が昇り、あたりが薄ぼんやり明るくなった。闇に目が慣れてきて、カプリの横顔が確認できた。人間と同じような肌に見える上半身には、緑青の髪が絡み、瞳は透明な水晶をはめ込んだようだった。
「歌がヘタクソすぎて船が沈まないんだ」
「……はい?」
目をぱちくりさせる。そんな話は聞いたことがない。
「私が歌うと、船が逃げる。デビュー戦では、姉さんたちに大爆笑された。……ニンゲンはいいな。みんな船に乗れるんだろ?」
「うーん……。向いてないと思ったら、船乗りをやめるからな」
「『しょくぎょーせんたくのじゆー』とかいうやつか。……うらやましい。我々は、ソンザイイギとヤクワリがドウギだからな」
小難しいことをしゃべっているが、意味が解ってるのか些かあやしい。
「そもそも、お前らはなんで船を沈めようとするんだ?」
「はぁ? ニンゲンは古から海上をうろうろしてるのに、そんなことも知らないのか?」
いかにも小馬鹿にした調子で、カプリは唇を尖らせた。
「いや……出現海域は知ってるけど、理由までは知らん」
「わかってんじゃん」
「?」
「入って欲しくない海域に近づいてくるからだ」
「だったら、追っ払うだけでいいじゃないか。沈める必要はないだろ」
「入っちゃいけないところに入った奴には、罰が必要だ。わかって侵入してくる確信犯は特に質が悪い。代償が命だったとしても当然だ」
「だから……逃がしちゃダメなのか?」
「ニンゲンだって、悪いことしたやつは捕まえて罰するだろ?」
反論できない。一理あるような気がする。……いや、でも、海上に線が引いてあるわけではない。うっかり該当海域に入っちゃったら最後、即処刑みたいなのもどうかと思う。
最初のコメントを投稿しよう!