静穏

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「ほら、ここ座れ」  すぐ隣をピタピタ叩く。あ、こいつ水掻きついてる。 「名前、なんての?」 「……セイラン」 「ふーん。わたし、カプリ」  いや、どうでもいい。 「なんで、でっかいため息ついてたの?」 「……こ、ここまで聞こえたんか?」 「聞こえたから、訊いてんじゃん」  こいつに言ってもわかるのか? 「かっこ悪い話なんだけど、仕事でちょっと失敗して、叱られて……」  しばらく間があいた後、カプリは膝を抱えてうつむいた。 「陸も大変なんだな」  不思議と同情的な響きだった。 「……実は、わたしもため息ついてたんだぁ」  月が昇り、あたりが薄ぼんやり明るくなった。闇に目が慣れてきて、カプリの横顔が確認できた。人間と同じような肌に見える上半身には、緑青の髪が絡み、瞳は透明な水晶をはめ込んだようだった。 「歌がヘタクソすぎて船が沈まないんだ」 「……はい?」  目をぱちくりさせる。そんな話は聞いたことがない。 「私が歌うと、船が逃げる。デビュー戦では、姉さんたちに大爆笑された。……ニンゲンはいいな。みんな船に乗れるんだろ?」 「うーん……。向いてないと思ったら、船乗りをやめるからな」 「『しょくぎょーせんたくのじゆー』とかいうやつか。……うらやましい。我々は、ソンザイイギとヤクワリがドウギだからな」  小難しいことをしゃべっているが、意味が解ってるのか些かあやしい。 「そもそも、お前らはなんで船を沈めようとするんだ?」 「はぁ? ニンゲンは古から海上をうろうろしてるのに、そんなことも知らないのか?」  いかにも小馬鹿にした調子で、カプリは唇を尖らせた。 「いや……出現海域は知ってるけど、理由までは知らん」 「わかってんじゃん」 「?」 「入って欲しくない海域に近づいてくるからだ」 「だったら、追っ払うだけでいいじゃないか。沈める必要はないだろ」 「入っちゃいけないところに入った奴には、罰が必要だ。わかって侵入してくる確信犯は特に質が悪い。代償が命だったとしても当然だ」 「だから……逃がしちゃダメなのか?」 「ニンゲンだって、悪いことしたやつは捕まえて罰するだろ?」    反論できない。一理あるような気がする。……いや、でも、海上に線が引いてあるわけではない。うっかり該当海域に入っちゃったら最後、即処刑みたいなのもどうかと思う。
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