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今から数十年前、玄の国のシロという人が水晶の時計の修理を頼んできたそうだ。螺鈿の象嵌と銀細工の意匠も繊細な麗しい置き時計だそうだが、その中身、機構がさらに繊細でなかなかに難物であることは以前聞いた。玄の国のために特別に誂えたものなのか、そもそもが古の技術事情によるものなのか、まったくお目にかかったことがない特別な部品ばかりで動いていたのだそうだ。
「歯車はやはり木製でないといかんようだ。金属なら加工しやすいのだが、気温が下がると潤滑油が固化してしまう。大陸の杉や檜では、どうしても強度が足りない。思いつく限りの加工を試してみたり、漆を塗って強度を高めたり……色々やってみたのだが全然だめだった。やはり、古の方法で代替部品を作るしかないようだ」
作業台からガラスシャーレを取り、脱脂した白い綿花の上にある小さな黒い歯車を見せる。指の爪くらいの大きさの黒光りした歯車が、木製とは驚かされる。
「ああ、あと、心臓部の水晶だが、やはり欠けがあるようだ。このまま共振をつづけると、こちらもいずれ割れるやもしれん」
「……水晶か……でも、この大きさの水晶で含有物も亀裂もない天然水晶となるとよほどの上物だ」
「今でも手に入るものから、できる範囲でなんとか修理してきたが、あとはどうにも代替できない。資金はシロ殿にいただいて潤沢にあるから、見つけたら是非うちにまわしてほしい。頼む」
「了解した。……黒柿も探し続けよう。それとだな、……」
船長とカリヤスが商談を続けている。ふと、カリヤスの作業台を見ると、隅にコロリと棒状のものが二本転がって居た。唐草模様の精緻な彫り物が全体的に施されている。
何だろう。
角度を変えてのぞき込むと、棒は筒であることが解った。しばし眺めていると、カリヤスが気が付いたようで声をかけてきた。
「ほう、それが目に留まったか?」
「あ、勝手に見ててすみません」
「それは、笛だ。仕事が行き詰った時に、手すさびに作ったのだ。どうだ? 吹いてみるか」
カリヤスは一本を取り上げてよこした。吹き口が横についている。祭の時に吹く横笛と同じものだろうか。構えて一吹きする。なかなか良い音がする。が、音階を奏でると、聞いたことのない不思議なメロディーになった。
「作ったのはよいのだが、音が良いわりに既存の楽器のどれとも組めないのだ」
「二本作ったのは?」
「誰とも組めぬ孤独な楽器はかわいそうだと思ってな」
親方、ロマンチック。
「錆よけの加工をしてるので、潮風に吹かれても丈夫だ。どうだ、くれてやろうか」
「え、でも、こんな細かい細工がしてあるものなんて……お代が払えません」
「どうせオモチャみたいなもんだ。持っていけ」
もう一本も取り上げて、カリヤスが押し付けてきた。
対の笛。
隣で船長がニヤニヤしている。
「好きな子にでも一つくれてやればいい」
「なっ!」
一気に真っ赤になってしまった俺を見て、爺二人はさも愉快そうに体を揺らして笑った。
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