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電車の中でも彼女はほとんど口を利かなかった。
それでも俺のアパートに向かってついてくるのだから、まだ言いたいことはあるのだろう。
「もう家なんだけど、さすがにできることもほとんどないよ?」
「……」
黙ったまま彼女は俯いているが、甘い香りのする長い髪の隙間からこちらを見ているような気がする。
「えっと……もう今日のデートは終わったんだけど……そろそろ解散で、いいかな?」
「……」
相変わらずほとんど動かないまま、時たま揺れる体のお陰で髪の隙間から瞳が見える。
「じゃ、じゃあ終わりでいいよね? また次は昼間に、ね?」
心なしか彼女の体が震えだした。髪の先から、足先まで小さく振動しているようだ。
「よ、夜を――」
「だ、だからそれはまた今度……!」
「夜を一緒に過ごしましょう!!」
初めて会った時のようなガラガラ声で大きな口を開けた彼女に向かって、俺はただ「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と、ひたすら謝るしかなかった。
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