泣かないで

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傘を忘れた。 朝はあんなに晴れていたのに。 雨は止まない。土砂降りだ 水を吸った靴は重く、足が進まない。 髪の毛は崩れ、服は汚れてしまった。最悪の気分だ。 早く家に帰りたい。 温かいお風呂に入って、全部忘れてぐっすり眠りたい。 きっと私は今酷い顔をしている。 雨のせいで曇った目ではその真偽すら確かめられないが、きっとそうだ。 私は足を止めた。自分のあまりの惨めさに嫌気がさしたのだ。 私にもしも勇気があれば、雨で氾濫した川に飛び込んで、そのまま泡になって消えてしまえたかもしれない。 けど、そんな勇気は無かった。 あるのは、心を握り潰す程の巨大な喪失感。すっかり打ち砕かれてしまった 友達は今頃どうしているだろう。 この雨の中、狭い傘の中に温もりを感じているのだろうか。 いや、そもそもあっちは雨、降ってないか。 暫くそのまま立ち止まり俯いていると、急に雨が止んだ。 目の前に人の気配を感じ、顔を上げると、そこに居たのは変な顔をした巨大なカモだった。いや、カモなのか?これは。二足歩行だけど しかも、その巨大なカモは器用に羽を使って傘を持ち、私に差し出している。 半ば押し付けられるように傘を持たされた私が、呆然としているのをよそ目に、カモは何処からか取り出したプラカードに、何やら書き出した。 プラカードには、ただ一言だけ 「泣かないで」 たった、それだけ。 雨の中、水性ペンで殴り書かれた汚い文字は見事に滲み、見るに堪えないモノだったが、何でだろうか。 心が、凄く暖かくなった。 もう雨粒が顔に当たる事も無いのに、何でだか視界が曇る。 そんな私を見て、巨大なカモがオロオロしだした。変な顔のカモがわちゃわちゃと変な動きをしだして、私は思わず笑ってしまった。 笑わずにはいられなかった。 泣かずにはいられなかった。 いつの間にか雨は止んでいた。 私は傘をカモに返し、礼を言ってその場を去った。 雨水を吸った靴は相変わらず重くて歩きにくいが、それでも歩いた。 ここは巣鴨、暖かな街並みの向こうに七色のアーチが掛かって見えた。
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