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第2話 瓢箪から駒
そして遂に日曜日。
母さんに連れられて来たお店は、一日2組限定の高級料亭だった。
食事会前日に、先方からプレゼントされたセミオーダーの茶色のスーツと、これまたセミオーダーっぽいラベンダー色のシャツに身を包んでいる俺は落ち着かない。
ネクタイも、明らかにブランド物。
借りてきた猫よろしく、カチコチになって料亭を歩いていると、和服姿の綺麗な年配の女性に通された部屋で俺は息を呑んだ。
年齢が40代といった感じの、いかにも社長という貫禄のある男性の隣に、見間違える筈の無い人の姿を見つけたからだ。
驚いて入口で固まっていると、
「あおちゃん何をしているの?早く入りなさい」
何も知らない母さんが不思議そうな顔をして俺を呼ぶ声が聞こえて、ハッと我に返り慌てて母さんの隣に座ると、目の前で優しく微笑む人物に頬が熱くなる。
慌てて視線を落とすと
「葵君、初めまして。私は君のお母さんとお付合いをさせて頂いている、秋月幸助です。隣に座っているのが、私の息子の翔です」
低くて響く声に顔を上げると、秋月先輩と目が合ってしまい慌てて視線を落とす。
「幸助さん、翔君。私の大切な大切な一人息子の葵です。あおちゃん、ご挨拶なさい」
母さんの言葉に慌てて顔を上げ
「秋月先輩のお父様、初めまして。神崎葵です。秋月先輩、こんにちは」
ガチガチに緊張して挨拶すると
「翔?お前、葵君と知り合いなのか?」
驚いた顔をした母さんの再婚相手の秋月さんが、慌てて先輩の顔を見る。
「ええ、葵君とは同じ学校ですよ。父さん」
穏やかに微笑む先輩に
「何だ……それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに……」
秋月先輩のお父さんが先輩に呟くと
「いえ……。私も葵君が来るまでは、京子さんのお子様が葵君だとは知りませんでしたから」
終始笑顔で受け答えする先輩の顔を、思わずぽ~っと見てしまう。
「あおちゃん?」
うっとり先輩を見つめる俺に、母さんが疑問の視線を投げる。
無意識に秋月先輩を見つめていた俺が、慌てて俯くと
「私は蒼介君と友達なので……、何度か葵君とは蒼介君の家でお会いしていたんです」
先輩が母さんに事情を説明しているのが聞こえた。
「え?蒼ちゃんの?……あ!そうだったわね、うっかりしていたわ。蒼ちゃん家で……。だから、あおちゃんと知り合いだったのね。」
「はい。なので、葵君とは何度かお話させて頂いておりまして」
先輩の言葉に、母さんが嬉しそうに笑顔を浮かべた。
ここで、一度説明しよう!
蒼ちゃんこと赤地蒼介は、俺の2つ上の幼馴染みで、何を隠そう俺の初恋の人。
え?なんで男が初恋の人なのかって?
俺の幼馴染の蒼ちゃんは、俺達が通う桐楠大学附属高等学校では「女神」と呼ばれている。
そう、男なのに女神。
蒼ちゃんは中性的な美貌をしていて、とにかく綺麗なのだ。
幼い頃は女の子に間違われて、何度も変質者に追い掛けられたり誘拐されそうになっていた。
蒼ちゃんの顔立ちの美しさはもちろん、色素の薄い髪の毛と瞳。色白の肌が、元々の綺麗な蒼ちゃんの美貌を引き立てている。
身長も165㎝と高くなく、身体つきが華奢なものだから、黙って立っていたら綺麗な女性に見えてしまう。
俺も容姿が母さん似なので女の子に間違われる事はあるけど……、蒼ちゃんはレベルが違う。
特に高校に入ってからの蒼ちゃんは、元々の容姿の美しさに加えて、何と言うか……妖艶さが加味されたように思う。
時々見せる憂い顔なんて、幼馴染みだから蒼ちゃんの色気に耐久性のある筈の俺でさえ、ドキリとしてしまう。
そんな蒼ちゃんの隣で、いつも蒼ちゃんを守るように寄り添っているのが秋月先輩なのだ。
秋月先輩は、学校では『騎士』と呼ばれていて、剣道部で道着を着ている姿から連想されたのもあるだろうけど、何度か蒼ちゃんに襲い掛かろうとした暴漢を一網打尽にしたらしい。
なんでも、武道という武道を網羅しているらしく、秋月先輩の暴漢から蒼ちゃんを守る姿が、漫画や小説の中に登場するお姫様を守る騎士みたいだったんだとか。
それ以来、秋月先輩は女神を守る騎士と呼ばれるようになったんだとか。
そして二人は……恋人なんだそうだ。
直接、本人には聞いていないけど、学校で蒼ちゃんと先輩の仲は公認の仲なんだ。
表向きは友達になっているけど、それは世間を欺く為の仮の関係で、二人は恋人なんだと中等部から上がって来たエスカレーター組の女子が話していた。
確かに、蒼ちゃんに寄り添うように歩く秋月先輩の姿は、友達にしては親密なんだよね。
お昼休みになると、鍵のかかる生徒会会長室で二人だけで食事をしているのも、そういう関係だからなんだと聞いた。
そう言えば、二人の関係は女子の憧れであり、栄養源だと言っていたなぁ~。
確かに二人が並んで歩く姿は、めちゃくちゃ絵になる。
儚くて美しい蒼ちゃんと、ガッシリした爽やかスポーツマンの秋月先輩が並んで歩いていると、思わず立ち止まって眺めてしまうレベルだ。
まるでそこだけが、映画や絵画のワンシーンのように美しい。
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