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蒼ちゃんは困った顔をすると
「あおちゃん、そんな顔しないで…」
そう言って、俺の隣に座るとゆっくり抱き締めた。俺を抱き締める蒼ちゃんの腕は優しくて、抱いてはいけない感情を持ってしまった自分に罪悪感を感じてしまう。
「蒼ちゃん…ごめんなさい。」
涙が溢れ出して、何度も何度も謝った。
そんな俺に、蒼ちゃんはゆっくりと頭を撫でながら
「謝るのは僕の方だよ。辛かったよね、ごめんね」
そう言って、ぎゅっと俺を抱き締めると
「お詫びに、あおちゃんに朝の質問の答えを教えるよ」
と言って、蒼ちゃんはポケットからハンカチを取り出すと、俺の涙を拭った。
俺の気持ちが落ち着くのを待つと、腕時計を目にして
「そろそろ翔も部活が終わる頃だな」
と、ぽつりと呟く。
俺はハッとして
「蒼ちゃん、俺の気持ちは先輩に言わないで!」
そう必死に訴えた。
蒼ちゃんが驚いた顔をして
「え?でも…」
と言いかけた言葉を
「お願い!母さんが秋月先輩のお父さんと再婚するんだ。先輩に俺の気持ちがバレたら、母さんの再婚話が無くなってしまうかもしれないから…。だから、お願い!」
蒼ちゃんの言葉を遮ってお願いした。
又、溢れ出しそうな涙を拭うと
「分かったよ、約束する。僕からは、何も言わないよ。だからもう泣かないで。」
困ったように蒼ちゃんが頷いた。
「ごめん、勝手な事を言ってるのは分かってる。蒼ちゃんの恋人に片想いしてるだけでも最悪なのに…。こんなお願いして、本当にごめんなさい」
何度も謝る俺に、蒼ちゃんは深い溜息を吐いて
「あおちゃん、その事なんだけど…」
と呟くと、突然俺の手を掴んで歩き出した。
俺は何が何だか分からないまま、蒼ちゃんに連れられて歩く事しか出来ない。
蒼ちゃんは俺の手を握ったまま柔剣道室へと向かっていて、何が起こるのか心配で心臓がバクバクと嫌な音を立てているのを黙って聞いていた。
部活が終わったらしく、先輩が水道で顔を洗っている姿が見えると、蒼ちゃんはずんずんと先輩に歩み寄り
「翔!」
っと、声を掛けた。
先輩は紺の道着姿のまま顔を水で濡らした状態で顔を上げる。
その姿は水も滴るなんとやら。
不思議そうな顔をしてタオルで顔を拭きながら、先輩が蒼ちゃんの後ろに居る俺に気付いて益々疑問の色を濃くした顔をする。
俺はそんな先輩の一連の流れをうっとり見つめていたが、先輩と目が合って我に返る。
先輩が俺と蒼ちゃんの顔を交互に見て、何事?という顔をして質問しようと口を開き掛けた時
「翔、これからあおちゃんには本当の事を伝えるから」
とだけ言って、先輩に背中を向けて再び歩き出した。俺は事態が飲み込めず、秋月先輩の顔を見ると、秋月先輩もポカンっとした顔で俺の顔を見ていた。
蒼ちゃんはそんな俺達に構わず、黙ったまま送迎車出入口へと歩いて行く。
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