第6章 牛に引かれて善光寺参り

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第6章 牛に引かれて善光寺参り

なんだかんだで帰宅時間が遅くなってしまい、腕時計を見たら6時を回っている。 「げ!夕飯の買い出ししてない!夕飯間に合わない!」 思わず叫んだ俺に、蒼ちゃんが 「京子さん、今日はお休みなんでしょう?あおちゃんは僕と一緒に居るから遅くなるって伝えておいたよ」 と答えた。 「え?だって…」 戸惑っている俺に 「二日酔いでしょう?もう、復活してたよ」 「ね」と言いながら、何故か秋月先輩に同意を求めた。 「神崎君が色々と用意しておいてくれたから、助かったって言ってたよ」 爽やかな笑顔を浮かべ、先輩が頷く。 「そうなんですね」 納得して頷いてから (ん?蒼ちゃんは分かるけど、なんで先輩まで?) 首を傾げて 「え?朝、うちに顔出したんですか?」 と先輩に聞くと、先輩は苦笑して 「まさか…。いくら俺でも、女性が具合悪いのに押しかけないよ」 そう言った。 (?????) 俺の頭には?マークが羅列する。 すると蒼ちゃんがスマホを見て 「あ、京子さんからだ」 と呟くと、先輩は当たり前のように蒼ちゃんのスマホを覗き込む。 二人で蒼ちゃんのスマホの画面を見てる姿は、凄く自然で…やっぱり胸が痛む。 似合ってるんだよなぁ…。 二人が並んで普通に会話している姿は、本当にお似合いのカップルに見える。 そんな2人を見て小さく溜息を吐いていると、ポンポンっと頭を撫でられた。 驚いて顔を上げると、田中さんが俺の頭を優しく撫でて 「気になりますか?」 って優しい声と瞳で言われて一瞬ドキリとする。 「えっ…あ…はい。」 思わず俯いて答えると 「私から見ると、微笑ましいんですけどね。多分、ずっとお二人を勘違いした目線で見ていらしたのでしょうから…、なかなか慣れないのかもしれませんね」 そう呟いた言葉に、俺は田中さんを見上げた。 元モデルであったこの人は、本当に綺麗な顔立ちをしている。 秋月先輩の顔立ちは純和風だけど、田中さんの顔立ちは目鼻立ちがはっきりしている。 でも、暑苦しさは無くて…、身に纏う雰囲気には女性が寄ってきそうなオーラを漂わせている。立ち居振る舞いも美しく、どう自分を見せれば人が惹き付けられるのかを知り尽くした動きのように感じる。それでも、今、俺達と接している田中さんは、秋月家との顔合わせの時より心なしかラフな感じがするのは、仕事とプライベートをきっちり分けているんだろうな…と思って見ていた。 「そんなに珍しいですか?」 クスッと笑いながら田中さんに言われて、俺は疑問の視線を投げる。 「いえ…。葵様はいつも、私を珍しそうにご覧になるもので…」 と言われてしまう。 「あ!すみません。俺、又ジッと見てましたか?」 無意識にガン見してしまっていた事が恥ずかしくて、顔が熱くなる。 すると田中さんは気にしていない感じで 「いえ、見られるのは慣れていますから構わないのですが…」 と言うと、ふふっと小さく笑い 「あまりあなたに見詰められると、少し面倒なんですよ」 そう言って、蒼ちゃんと先輩の方へ視線を投げた。視線の先では、2人が複雑な顔でこちらを見ている。 「まぁ…、私は面白いですから別に良いのですが…」 田中さんが一瞬、悪い笑顔を浮べて呟く。 (黒田中さんだぁ~) ひぃ~~~っと怯えていると 「用事は済みましたか?」 と、まるで何事も無かったかのように田中さんが笑顔で2人に話し掛ける。 (大人は怖いなぁ~) ビクビクしながら田中さんからジリジリ離れていると、田中さんは「ふっ」と笑い 「葵様?何故、ジリジリ離れていらっしゃるんです?」 俺の腕を掴み、誘うような視線と甘い声で耳元に囁かれた。 「ぎゃ~~~!」 俺は耳を押さえて蒼ちゃんの背後までダッシュで逃げた。心臓がバクバクしていて、顔が熱い。 「田中さん!あおちゃんで遊んじゃダメですよ!免疫無いんですから!」 蒼ちゃんが頬を膨らませて田中さんに文句を言っていると、田中さんは楽しそうにクスクス笑って 「葵様、すみませんでした。つい、可愛らしくてからかってしまいました。」 そう言って、チラっと秋月先輩の方へ視線を向けた。俺も田中さんの視線に反応して秋月先輩を見ると、フイッと視線を逸らされてしまう。 俺がショックを受けた瞬間、蒼ちゃんが秋月先輩の背中に思い切り蹴りを入れた。 先輩が前につんのめり 「蒼介、お前何すんだよ!」 と叫ぶと 「うるさい!だからお前はダメなんだよ!」 って、蒼ちゃんが本気で怒っていた。 そして俺の腕を掴むと、ズカズカと車の後部座席に一緒に座り込んだ。 俺の背後からは、田中さんはクスクス笑いながら 「だ、そうですよ。翔さん」 そう言って運転席へと歩き出す。 先輩は納得いかない顔をして、黙って助手席に乗り込む。 そんな状態に俺がハラハラしながら3人の顔を見ていると 「ごめん、あおちゃん」 額に手を当てながら、俺に聞こえる位の小さな声で蒼ちゃんに謝られる。 俺が首を横に振ると、蒼ちゃんはそっと俺の手を握り締めた。 伝わって来る温もりが、俺を心配してくれている蒼ちゃんの気持ちを伝えてくれていて、温かい気持ちになった。
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