第8章 雨降って地固まる

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何度見ても、先輩の漆黒の瞳に見つめられると、心まで引き込まれてしまいそうになる。 深い深い漆黒の瞳。 隣に居るだけで、もうドキドキしてる。 …こんなんで、本当に一緒に生活出来るのかな? そう考えていると 「あ、そうそう。田中が、蒼介が神崎君に鞄を届けに行った時、ご機嫌斜めかもしれないと気にしてたよ」 沈黙している俺に、校舎へと歩き出しながら先輩が話を続けた。 「え?蒼ちゃんが?」 「そう」 何でだろう?って、疑問に思っていると 「だから、蒼介の可愛い可愛いあおちゃんだから、その辺は大丈夫だろうって言ったんだけど…」 と先輩は話しながら、突然笑い出して 「まぁ…それはそれで、田中は面白くないみたいだけどね。普段、あまり感情を出すタイプでは無いのに、少々ヤキモチを妬いたみたいだよ」 そう続けた。 「田中さんが?誰に?何で?」 益々、疑問になって首を傾げると 「蒼介はさ、一度へそを曲げると大変なんだ…。田中がそれで毎回、苦労してる。ほら、あいってすぐに悪い方へ悪い方へと考えちゃうだろ?でも…まぁ…、相手が神崎君だと蒼介が全て許しちゃうし、きみが自分を裏切る訳が無いと信じてるんだよ。それが、田中には面白くないの。だから蒼介の奴、今は絶対にご機嫌だから安心して良いよ」 って、クスクス笑って先輩がそう続けた。 「?」 俺には意味が分からなくて、ポカンとした顔で先輩を見ていると 「俺的には、さっきの仕返しだけどね」 そう言って、楽しそうに笑ってる。 (田中さんと先輩って…) 子供の悪戯のやり合いをしているみたいで、俺は思わず苦笑いを浮かべる。 「先輩と田中さん、子供みたいですね」 笑いながら言った俺に 「え?そう?」 と、不思議そうな顔で俺を先輩が見つめた。 その時、なんとなくお互い立ち止まって見つめ合っていると、風がフワリと頬を撫でた。 (このまま、時が止まれば良いのに…) 見つめ合う視線が、何となく…お互いの気持ちを伝えてくれるような気がした。 (先輩の俺を見つめる瞳が…熱く感じるのは気のせいじゃないよね?) ぎゅっと胸が苦しくなった時 「さっきは…、その…田中がごめん。」 先輩がポツリと呟いた。 「さっき?」 と、聞き返すと 「多分、昨日の夜に田中が俺の様子を見に来て、電話を聞いていたんじゃないかと思う」 そう言われて、俺は車の中の田中さんの言葉を思い出して再び赤面する。 「今日は…気を付けるから…」 先輩も恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そう言って鼻の頭をかいている。 なんかこの空気が恥ずかしくて、慌てて話題をかえる為に 「はい…。あ!そう言えば、蒼ちゃん達のアリバイってなんですか?」 と呟くと 「あぁ…。毎週土曜日は俺の家に泊まるって言って、あいつ田中の家に入り浸ってるんだよ。それに、初めて神崎君の家に行った日。田中の奴、蒼介を自宅に連れて行くんで席を1度外したんだよ」 って、ため息混じりに呟いた。 ふと、あの日窓辺にたって 『やっぱり……』 と呟いていた先輩を思い出した。 「え!じゃあ、あの時に蒼ちゃんの部屋の窓を見てたのは」 「そう、確認してたんだよ。まぁ、案の定ってヤツだったけど……」 「そう……だったんだ……」 思わずホッとして微笑むと、先輩が急に真面目な顔で俺を見つめた。 「葵…」 先輩の…少し緊張して、掠れた声が小さく俺の名前を呼ぶ。 ドキリと心臓が高鳴り、驚いて先輩を見つめると視線が重なる。 絡み合う視線に胸が苦しくなり、心臓が口から飛び出しそうになる。 (先輩…好きです…) 心の声を口に出せたら…そう思っていた時、先輩の手が俺の頬に触れようと伸ばされた。 お互い視線を外せずに見つめ合ったまま、先輩の手が俺の頬に触れそうになった瞬間 「あおちゃん!」 蒼ちゃんが背中から抱き付いて来て、フワリと鼻腔に田中さんのコロンの移り香が香る。 「そ…蒼ちゃん!」 びっくりして振り向くと 「はい、忘れ物」 そう言って俺に鞄を手渡した。 「早かったね」 思わず声が上ずってしまうと 「うん、そこまで車だったし」 と答える蒼ちゃんの顔を見ると、確かにご機嫌だ。しかも、物凄く。 驚いて先輩の顔を見ると 『だから言っただろう?』 って顔して俺を見ている。 「何かあった?」 俺が疑問に思って質問すると、蒼ちゃんはふにゃっと破顔した笑顔で 「何もないよ…」 って答えた。 うん、その顔の時点で嘘だよね。 俺が疑いの視線を投げると、蒼ちゃんは俺に抱き付いたまま 「あおちゃんはやっぱり僕の天使だよね」 って言って頭を撫でている。 俺は蒼ちゃんのテンションの高さに戸惑いながら、先輩を見上げると 『そのままにしとけ』 って先輩の目が語っていた。 「蒼ちゃん…俺、意味わかんない」 ひたすら俺の頭を撫で続ける蒼ちゃんに呟いても、俺は下駄箱に着くまでずっと、蒼ちゃんの「良い子良い子」攻撃を受け続けていた。
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