最終章 笑う門には福来る

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母さんは俺達に気付くと手を振った。 式場のスタッフは、母さんが目配せすると一礼をして席を外す。 俺と先輩は顔を見合わせて母さんに近付くと 「どうしたの?」 って、俺が声を掛けた。 「ん?どうしても二人に話したい事があって…」 笑顔で答える母さんに 「今じゃなくちゃダメなの?」 と、俺は式の進行を心配して聞くと、母さんは笑顔を浮かべたまま 「今、この瞬間じゃなくちゃダメなの!」 って言って俺と先輩の手を取った。 「たった今から、私達は本当の家族になるの。 だから、今じゃなくちゃダメなの…」 母さんがいつになく真剣にそう呟く。 そしてゆっくりと俺達の顔を見ると 「翔君、私はあなたの新しいお母さんになるけど、でも、あなたはあなたを生んだお母さんを大切にしたままで良いからね。あなたは、幸助さんとあなたのお母さんが結ばれなければ生まれなかった存在なの。だから、私が新しく母親になったからって、お母さんの写真を隠したり、気を遣ったりしないで欲しいの」 そう語り掛けた。 先輩は戸惑った顔をしていて、俺は母さんの言葉に頷いた。 「それから、無理して良い子にならないで欲しいの。たくさん喧嘩して、喧嘩したら仲直りして…。それを何度も何度も繰り返して…そうやって、本当の家族になっていきたいと思ってる」 「本当の家族?」 母さんの言葉に、先輩がぽつりと呟く。 「そうよ。あおちゃんのお兄ちゃんとして、私の息子としての新しい人生が始まるの。でも、あなたが良い子を演じていたら、本当の家族にはなれない。家族ってね、何度喧嘩しても仲直り出来るのよ。」 そう言うと、母さんはそっと手袋を外して先輩の頬に触れた。 「慣れない事が多いと思うし、多分、私やあおちゃんより翔君の負担が大きいって私は思ってる。だからね、辛くなったり苦しくなった時は頼って欲しいの。あなたは一人じゃない。これからは、私達がずっとあなたを支えて行くから」 母さんの言葉に先輩が目を見開いた。 そして先輩の目から一筋の涙が流れる。 「あれ?…すみません。なんで涙が…」 慌てて拭う先輩に、母さんは 「翔君、ちょっと来て」 って、手招きをした。 先輩が疑問を浮かべた顔をして母さんに近付くと、母さんは先輩を抱き寄せて 「今、ここが翔君の新しい人生の始まりだからね…」 そう言って微笑んだ。 その姿は…マリア様のようだと、自分の母親ながらに思ってしまった。 そしてゆっくりと先輩から離れると 「あおちゃん。あなたは今日から名字も変わるし、住む場所も環境も変わる。でも、あおちゃんなら、どんな環境でも大丈夫って思ってるから。」 そう言って俺を抱き締めた。 そして俺と先輩を見つめた瞬間、又、母さんが号泣し始める。 「ええ!何で?」 慌ててハンカチを差し出すと 「なんか…あおちゃんがお嫁さんに行くみたいで…」 って言いながら、母さんが泣いている。 俺が困って苦笑すると 「あの…」 っと、先輩が口を開いた。 「俺、自分の人生賭けて大切にしますから! 葵のことも…お母さんのことも…」 真剣に言われて、俺は赤面した。 母さんはその言葉を聞いて、再び号泣を始める。 「あれ?俺、何か間違えた?」 驚いた先輩に苦笑いを浮かべていると 「私達、絶対に良い家族になれるわ」 母さんはそう言って、俺達二人を抱き締めた。 するとタイミング良く、式場のスタッフの方が現れた。 「すみません。そろそろお時間です」 声を掛けたスタッフの方が、母さんの顔を見てギョッとした。 「あら!新婦様、又、泣かれたんですか!」 手際よくメイクの担当さんが現れ、母さんのメイクを手直しする。 「じゃあ、俺は先に中に入っていますね」 先輩が母さんに一礼して、扉の中へと入って行く。すると、扉の向こう側から笑い声が聞こえて来た。 (…多分、母さんの入場かと思ったら、先輩だったから笑われたんだろうな…。) 俺が心の中で先輩に両手を合わせて謝っていると 「はい、用意が出来ましたよ。では、宜しいですか?」 と、スタッフの方の声が響いた。 すると母さんがゆっくり俺に近付き、俺の腕に手を回す。 「あおちゃん。不謹慎な事、言っても良い?」 ぽつりと母さんが呟く。 俺が視線を向けると 「なんだか…神崎君とバージンロードを歩く気分なの」 と、小さく微笑んで呟いた。 「夢を叶えてくれて…ありがとう」 母さんの言葉に涙が溢れた。 幼い頃、母さんが俺の手を引いて羨ましそうに見上げていた結婚式の衣装は、父さんと一緒に結婚式を上げたかったからなんだ…。 俺は慌てて涙を拭うと 「今度は、秋月さんと一緒に幸せになってね」 と、俺は母さんに微笑んだ。 母さんは一瞬、悲しそうな寂しそうな笑顔を浮かべると、目に涙を浮かべて微笑んだ。 「では、宜しいですか?」 スタッフの方の声と同時に、チャペルのドアが開く。厳かなパイプオルガンの音色が流れ、俺は母さんに声を掛ける。 「母さん、行くよ」 俺の声と共に、母さんは頷いて歩き出した。 チャペルの祭壇には、秋月さんが緊張した面持ちで立っていた。 そして俺達の親族側に、神崎の爺ちゃんと婆ちゃんの姿が見える。 (来てくれたんだ…) 俺は思わず笑みが零れた。 婆ちゃんは号泣していて、多分、手に握っているのは父さんの写真だろう。 俺は前を見つめて、母さんを参列席の最前列までエスコートした。 そして秋月さんがゆっくりと近付き俺に一礼すると、母さんの手が離れてゆっくりと秋月さんの腕に手を掛けた。 その時『幸せに…』って、俺じゃない声が聞こえた気がした。 母さんも聞こえたみたいで、驚いたように俺の顔を見る。 そして母さんは泣き笑いを浮かべると、前を向いて祭壇へと秋月さんと歩いて行った。
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