夜の灯しびと

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 おじさんの歩く速さは、あたしが軽く小走りするくらいだ。迫ってきている藍色の世界が完全に街を支配する前に、おじさんの持ち回り全ての瓦斯灯に灯をともさなければならないから当然だ。  おじさんは手に長い点灯棒を持っている。一度だけ持たせてもらったことがあるけれど、これが結構重たいんだ。でもおじさんはひょいひょいとそれを操っていく。  大通りに点々とある深い緑色の瓦斯灯。その下にいって、棒を伸ばす。瓦斯灯のガラスの下から中へ入れて、点灯棒の爪で中の装置をひっかけると。  ポウ。  ほら。火がついた。  おじさんはそうやって、どんどん街に明かりを灯していく。迫っていた闇は追いやられて、あたたかな光が大通りを包んでいく。  あたしはおじさんの横を小走りでついていきながら、他愛のない話をする。今日見た夢の話とか、隣のおばさんの育てている花が咲いたこととか、その程度の話。そんなのが、いつからか毎日のことになった。  あたしはおじさんの隣にいるこの時間が、なんでかな、すごく好きだ。  おじさんの受け持ちの瓦斯灯は全部で百十二本。大通りの端から端までだ。  空がすっかり橙の色を潜めて藍色にあけわたしかけたそのとき、百十二本目の街灯はぼんやりと、光を放った。 「はい、おしまい」 「お疲れさまー!」  手を挙げると、おじさんはやっぱり少し困った顔のまま、その手をぱちんと打ってくれた。 「はい、お疲れさま。メイはこれからだね」 「うん」 「がんばって、メイ」  おじさんがくしゃりと頭をなでてくれた。百十二本目の街灯は、大通りの一番端、小さな広場の脇に立っている。そしてその場所には少し薄汚れた小さなお店がある。  おじさんが瓦斯灯に火をつけ終わる時が夜の始まりだ。  そして夜は―― 「はい、いってきます」  お店の扉を開ける。お酒のむっとした匂いと、埃臭さと、煙の臭いが流れ出す。  おじさんにひらひら手を振って、あたしはその扉をくぐる。  ぱたん、と後ろで扉がしまった。  はーっと長く息を吐いて、一瞬止めて。それから大きく息を吸った。  顔を上げる。  夜が始まる。  そして夜は、あたしの時間だ。
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