塔の中の青年

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塔の中の青年

 重い石扉を開けると、白い矩形の光が伸びます。  正午過ぎ、晴天の高みに太陽はありました。  世界の明るさを、塔の中のくっきりとした闇は際立たせます。  私はいつも通りこの時間に、螺旋階段をのぼりました。  足取りが、いつにない興奮に速まっていました。急いだら階段を踏み外すんじゃないかって心配も忘れて、女中の仕事着の長い裾を持ち上げて、駆けのぼっていました。  昼食の席で聴いた若い語り部様の紡いだ言葉が、音楽となって蘇ります。 『では今日は、英雄レナードの物語を致しましょう──』  早くこの興奮と、喜びを、あの人にも伝えたい。  塔の最上の部屋が近くなると、私は声を響かせます。 「ユーリク様、ユーリク様!」  部屋の扉を開ける。室内は窓を閉ざして薄暗い。  鉄格子で仕切られた向こうで、ユーリク様は揺り椅子に座っていました。閉ざした目をゆっくりと開いて、こちらを見ます。 「やあマナ、おはよう」  彼の深い夜色の瞳に見つめられる度に、私の胸には不思議な感情が湧いてきます。ユーリク様の白い肌の、年齢のつかめない美貌もあって、私は恋をしてるんじゃないかと疑いたくなるような気持ちにもなります。 「おはようございます、ユーリク様!」  挨拶から間髪入れずに私は、興奮のままに喋りました。 「今朝語り部様が訪れて、昼食の席で皆を集めてお語りをしたんです! 英雄レナードの物語を聴かせてくれました。私初めてちゃんとしたレナードの話を聴けた!」
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