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「何もお礼をしないなんて、あたしがお坊ちゃまに叱られます。間もなく日が暮れます。暗くなってからの宿探しは、お若いお嬢さんには危険です。おもてなしが嫌なら、一晩だけの宿と思って泊っていかれませんか?」
「でも……」
確かに暗くなった状態で宿を探すのは無謀かもしれない。見つからなければ野宿だ。
なんだか申し訳ない気がするけど、ここはおばあさんの好意に甘えたほうがいいかもしれない。
「じゃあ、一晩だけ泊めていただけますか?」
「勿論です。嬉しゅうございますよ」
おばあさんは本当に嬉しそうだった。朗らかな笑顔だ。なんだか可愛い。
お母さんが長生きしてくれていたら、こんな可愛いおばあちゃんになったのかもしれない。黄昏時だからだろうか。おばあさんを通して、母のことをつい思い出してしまった。
「日が落ちる前に、お屋敷に着けるように頑張りましょう。おばあさん、足は大丈夫ですか?」
「あたしは大丈夫です。お嬢さんは?」
「私も大丈夫です。今晩の宿が見つかって安心しましたから」
お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。背中の重い荷物は、心なしか軽くなった気がする。
「こちらですよ、お嬢さん。そのままお進みください」
おばあさんに促されるまま、私は荷物を運んだ。荷物を無事に届けることに必死になっていた私は、周囲がすっかり霧に包まれていることに気付いていなかった。
「お嬢さん、こちらです、こちらへ」
おばあさんに導かれるまま、疑うこともなく霧の中を進んだ。その先に何があるかも知らず、なんとか荷物とおばあさんを送り届けようと、ただ必死だったのだ。
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