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たぬきの焼き物は、細部までこだわった立派なものだった。
赤い前掛けをしていて、少し微笑んだような表情に不思議な温もりがある。
「この子はわたしの分身のようなものでしてねぇ。わたしがいなくなっても、このお屋敷を守れるように、ここに置かせていただこうかと」
おばあさんは寂しげに微笑みながら、たぬきの焼き物をそっと撫でた。
詳しい事情はわからないが、とても思い入れのある置き物のようだ。
「おかげさまで、こうして運んでくることができました。お嬢さん、ありがとうございます」
おばあさんは深々と頭を下げ、改めて感謝の言葉を伝えてくれた。
「どうか頭をあげてください。大切なものをお運びできて良かったです」
ゆっくり顔をあげたおばあさんは、嬉しそうに微笑んだ。
「お優しいお嬢さん、今晩はこのお屋敷で、ゆるりとお過ごしください。精一杯おもてなしさせていただきますので」
一晩泊めていただくだけで結構ですので、と言おうとした時だった。清涼感を感じさせる声が、奥から響いた。
「ばあや、帰ったのか? 急にいなくなるから心配したのだそ」
声の主と思われる人が、こちらに向かってゆっくり歩いてくる。声の感じから察すると、若い男性のようだ。かすかに響く、絹ずれの音。着物を着た男性らしい。
「ばあや、昌よ。無事か?」
おばあさんを案じる男性の姿を見た途端、私は息もつけないほど驚いてしまった。
男性は長身で精悍な身体つきながら、信じられないほど美しい人だった。それだけではない。腰まである銀色の髪が、男性の清廉さを際立たたせていたのだ。
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