376人が本棚に入れています
本棚に追加
「泣き虫の信ちゃん」と言った途端、銀色の髪の男性である、信ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「どうしたの? 信ちゃん」
「その呼び方は止めよ。わたしは『信ちゃん』ではない」
「え? でも『信ちゃん』でしょ?」
「だから、呼ぶなと言うに。我が名は『信』だ。『信ちゃん』ではないし、ましてや『泣き虫の信ちゃん』ではない!」
ぷい、とそっぽを向いてしまった。白い頬が、ほんのり赤く染まっている。
これって……。
「ごめんなさいね、やっと思い出せたから、つい懐かしくて。確かに立派な大人の男性を『信ちゃん』って呼んだら失礼よね。『信さん』でいいかしら」
「うむ。それなら良かろう」
そっぽを向いていた顔をこちらに向け、静かに何度も頷いている。頬を赤くしたまま、口角が少しあがっている。平静をよそおっているが、ご機嫌なのが見てとれる。
笑い出したくなるのを、必死に堪えた。見上げるほど長身の彼が、急に可愛く思えてしまったから。外見は幼い頃から大きく変わったものの、中身はあまり変わってないようだ。
聞きたいことがたくさんあるのだから、不機嫌にさせないほうが賢明だ。
「信さん、聞いてもいい? 私はあなたのことをほとんど覚えてなかった。まるで何かに記憶を封じられてる気がしたわ。その理由をあなたは知ってるのよね?
そして……」
軽く深呼吸して、心を落ち着けさせる。
「あなたは何者?」
幼い頃に聞いていたかもしれないが、まだ記憶がそこまで明瞭ではない。なにより、彼の口から聞きたかった。
「おまえの記憶を封印していたのは、わたしだ。理由はおまえを、楓を守りたかったからだ。昌がおまえをここに連れてきて、わたしと再会しなければ、ほとんど思い出さなかったはずだ。そうだろう、昌?」
問われた昌さんが小さな体を、かすかに揺らした。
「信様、黙っていて申し訳ございません。けれど楓様は御自分で、水ノ森神社に帰って来られました。わたくしは案内しただけ。立ち話では失礼ですから、詳しい話は奥の部屋で致しましょう」
昌さんは深々と頭を下げた。
最初のコメントを投稿しよう!