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あなたと私の過去
昌さんに案内されたお座敷には、立派な龍の掛け軸や清楚な花が飾られている。手入れの行き届いた趣きのある部屋に、ようやく気持ちが落ち着く気がした。
窓を開けると、お屋敷の周囲の池を見ることができる。太陽の光を浴びて、キラキラと光る池。いつまでも眺めていたくなる。
「失礼します。楓様、開けてもよろしいですか?」
襖の向こうから、昌さんの声が聞こえた。
「はい、どうぞ」
静かに開けられた襖から、お盆を手にした昌さんが姿を見せた。
「お茶と茶菓子をお持ちしました。少しでもおくつろぎいただければ、と思いまして」
「ありがとうございます。どうぞお気遣いなく」
昌さんが入れてくれたお茶を口に含むと、まろやかな甘さに心が和む。
「美味しいです、お茶もお茶菓子も」
「ようございました。まもなく信様もおいでになります」
「わかりました」
今は信さんを待とう。彼の話を聞いてから、また考えたい。
「あの、楓様」
「はい?」
「楓様、勝手にここへ連れてくるようなことをして申し訳ございませんでした。約束を違えることとわかっておりますが、わたくしにはもう時間がありませんもので……」
どういうことですか? と聞こうとした時、かすかな絹ずれの音が襖の向こうから聞こえた。
「入ってもよいか? 楓」
落ち着きのある静かな声だった。
「はい、どうぞ」
姿を現したのは、衣を着替えた信さんだった。艶のある烏羽色色の衣が彼の品のある美貌を際立たせ、ぞくりとするほどの色気を放っていた。
「すまない。着替えていたもので」
「い、いえ」
これがあの、「泣き虫の信ちゃん」だなんて。
勝手に火照ってくる頬を撫でながら、心を落ち着けようと昌さんが入れてくれたお茶を飲み干した。
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