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信さんは私と向き合うように、腰を下ろした。
端正な美貌に、流れるような銀色の長髪。瞳もやや青みを帯びている。その美しさに見惚れながらも、人里離れたようなこの地に、なぜ彼がひっそり暮らしているのか理解できる気がした。人に姿を見られてしまえば大騒ぎだろう。この屋敷で、昌さんと二人だけなのだろうか?
彼の暮らしぶりについて、あれこれ考えているうちに、信さんはぽつりと言葉を発した。
「楓、どこまで思い出した?」
少し思いつめたような、やや苦しげな表情だった。
「えっと……まだ記憶は曖昧です。私が両親を亡くしてこの地に来て、べそべそ泣いてた頃に、同じようにぴーぴー泣いてた、泣き虫の信ちゃん……もとい、幼い信さんと出会って。境遇が似てたこともあって、意気投合してよく遊んでましたよね? で、何か約束したような……? 信さんから言ってくれたことだった気がするんですけど。そのぐらいです」
思い出したことをただ羅列しただけだったが、信さんはひとつひとつ頷いてくれたので、どうやら間違ってはいないようだ。
「まだ記憶はおぼろげなのだな。そうだろう、わたしに会いさえしなければ、ほとんど思い出さなかっただろうからな。そうとわかっていたのに、昌が楓をこの屋敷に連れてきた。そうだな、昌?」
急に名を呼ばれた昌さんの体が、びくりと揺れた。
「はい、さようでございます。わたくしが水ノ森神社で楓様をおみかけし、この屋敷にお連れしたのです」
「なぜそのようなことをした?」
ややきつめの口調だったが、信さんは怒ってないようだった。今は理由を知りたいのかもしれない。それは私も同じだった。
「それはわたくしの命が、もう長くはないからでございます。ただひとつの心残りは信様のこと。幼き頃に出会った楓様を想いながら、ただひとりで生きていかれると思うと、胸がはりさけそうになります。どうすればよいのか悩んでいたときに、楓様を神社でおみかけして、これはもう運命と思い、お連れしたのです」
「昌……」
信さんはそれ以上何も言えないようだった。まさか余命わずかと告げられると思ってなかったのだろう。
私も優しくしてくれた昌さんの思いと覚悟を感じ、切なくなってしまった。
けれど驚いていたのはそこだけではない。昌さんはさらりと、大事なことを話してしまったからだ。
「信さん、私のことをずっと想っていてくれたの……?」
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