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信さんの顔からすっと笑みが消え、真剣な顔付きになった。
「今こそ全てを話すとき、いや、共に見てもらったほうが早いか」
「え、見る? どういうことですか?」
彼の言葉の意味がわからず、そのまま聞き返してしまった。
「楓の記憶を封印した理由は、わたしの父も絡んでいる。父は人ではない。父の正体も含め、長々と言葉で説明するよりも、水の鏡で全てを見てもらったほうがわかりやすかろう。楓、わたしと共に来てほしい」
信さんは颯爽と立ち上がり、すらりとした長身に長い銀髪を揺らしながら私の側まで歩み寄ってきた。
「楓、手を」
少し戸惑ったが、彼の優しい微笑みに全てを委ねることにした。信さんの白い手は少しひんやりとしていて、彼もまた人ではないのかもしれないと思わせる。それでも幼き頃の思い出と、今日私に見せてくれた素顔だけで十分だ。信さんを信じよう。
信さんは昌さんに休んで待っているよう指示してから、私を伴い、お座敷を出る。
連れて行かれた場所は、お屋敷を守るようにせせらぐ大きな池だった。
「この池はな、わたしが作った神域と繋がっている。そこにはわたしが作りたかったものがある。到着するまでに、水を通してそなたに見せよう、わたしと父の正体、そして悲しき過去を。それを見れば、記憶を封印した理由もわかるだろう。楓、わたしを信じてついてきてくるか? 怖いなら無理強いしない。どうするか選んでほしい」
このお屋敷以上に未知の場所へ、私を誘うという。無理に連れていかず、私に選ばせるところに彼の優しさを感じた。ならば私も、その優しさに応えよう。
「信さんを信じます、連れていってください」
「ありがとう、楓。では共に参ろう」
爽やかな微笑みを浮かべた信さんに見惚れた瞬間、彼は私の腰に手を回し、一気に抱きかかえた。
「し、信さんっ!?」
突然抱きあげられ、美しい彼の顔と逞しい体を感じて、恥ずかしくなってしまう。思わずもがいた私に、信さんが諭すように優しく声をかける。
「じっとしていてくれ、楓。このほうがそなたを守りやすいのだ」
「わ、わかりました……」
熱くなる顔をごまかすように、少しだけ顔を背ける。それでも信さんからは私の赤い顔が見えてしまうだろう。少し恥ずかしかった。
「では行くぞ、楓」
「はい」
返事をした途端、私を抱きかかえた信さんの体はふわりと池に飛び込み、そのまま共に深く沈んでいった。
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