水神の花嫁

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水神の花嫁

「この女性が信さんのお母さん……?」 「そうだ。名をハナという。これは母の生きてきた(あかし)であり、母と父の過去だ。しばし水鏡(みずかがみ)見守ってほしい」  軽くうなずき、水鏡に目を向ける。水鏡はスクリーンに映し出される映画のように、私に過去の映像を見せてくれた。    簡素な着物を着た女性、ハナさんは、穏やかな微笑みを絶やさない美しい人だった。  幼い頃に母を病で亡くし、娘として成長した頃に父親も亡くなり、天涯孤独となった。それでも村の人に見守られながら、ひっそりと生きてきた。  ある日、村の(おさ)がハナのところへやってきた。 『ハナや、おまえに頼みがあるのだ。今年は雨が降らず作物が育たない。このままでは幼子が餓死してしまう。きっと村の象徴である湖の水神様への祈りが足らず、お怒りなのだ。その怒りをおさめるため、水神様に花嫁を捧げたいと思うとる。ハナや、水神様の花嫁となってくれぬか?』  ハナさんはしばし悲しげに(うつむ)き、やがて顔をあげ、静かに答えた。 『それで村が救われるのでしたら、お引き受けしましょう』  ハナさんは穏やかな微笑みを浮かべながら、静かに涙を流している。その表情は切なくなるほど美しかった。 『すまぬ。すまぬな、ハナ。これも村のためなのだ。許しておくれ』 『いいのです、お役にたてて嬉しゅうございます』  村の長は何度も頭を下げ、ハナさんは涙を流し続けている。  私には意味がよくわからなかった。ハナさんはなぜ、花嫁になるのに涙を流し、村の長は詫びているのだろう?   私の疑問に答えるように、信さんが教えてくれた。 「わたしの母は村のためにと、その身を湖に捧げた。人身御供(ひとみごくう)などと呼ばれるものだ」 「人身御供……?」  どこかで聞いたことがある。嫌な予感がした。 「母は花嫁衣裳を着たまま、湖に沈められたのだ。わたしの父である、水神への生贄(いけにえ)としてな」  それはあまりにも哀しい、信さんの御両親の出逢いだった。  
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