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神の花嫁になると称して、生贄として命を捧げること。
現代ならばとても信じられない話だが、天災は神の怒りと信じられていた昔ならば、実際に行われていたのかもしれない。
ハナさん美しい人だし、御両親はすでに亡くなっているから、神の花嫁として頼みやすかった、ということだろうか。
推測はできるが、理解に苦しむ話だ。
そっと顔をあげると、信さんはひどく悲しそうな顔で、水鏡に映る母を見ている。彼の心の痛みを思うと何も言えず、そっと目を逸らした。
水鏡の時間が少し経過したようだ。
ハナさんは白無垢姿の花嫁となっていた。清らかで美しいハナさんは、村の女性に手をひかれながら舟に乗り込む。二名の男が舟を漕ぎ始め、船はゆっくりと湖を進んだ。
湖の中央辺りに到達すると、白無垢姿のハナさんがゆっくりと立ち上がった。白い手を合わせ、祈り捧げ始める。それが合図とばかりに二人の男が、ハナさんの足元に麻ひもで石をくくりつけた。
男たちに支えられながら、ハナさんはゆっくりと湖面へと歩を進ませる。ちゃぷんと足を湖にさし入れた途端、くくられた石の重みでハナさんの華奢な体は、あっという間に湖に沈んでいった。沈みゆく花嫁を、二人の男は手を合わせ震えながら見届けている。
白無垢姿のハナさんを両手を合わせ祈りながら、湖をずぶずぶと沈んでいく。すでに覚悟しているのか、その表情は穏やかだった。
湖の底に到達すると、ハナさんの口からごぼごぼと泡となった息があふれ、苦しそうに喉元をかきむしる。しばしもがいていたが、やがて動かなくなった。
ハナさんの体が水の流れに沿い、ゆっくりと揺れている。白い花嫁衣裳がひらりひらりと揺れ動き、湖の中で花嫁が舞を舞っているかのようだった。
見ていられなくなった私が目を逸らそうとした時だった。湖の暗闇からなにか大きなものが、ハナさんに向かって泳いでくる。
ハナさんの側に寄ってきたのは、一匹の龍だった。青い体を優雅にくねらせながら、意識を失ったハナさんを守るように、その身で包み込んでいく。
麻ひもがぷつんと切られ、石がハナから離れると、透明の球体のようなものが彼女を覆っていった。
龍の体が少しずつ変幻し、人の姿へと変わっていく。長い銀色の髪が美しい、精悍な男性だった。白無垢姿のハナさんをそっと抱き上げる。
龍から人へと姿を変えた男性は、信さんとよく似ていた。この人はもしかして……。
伺うように顔をあげると、信さんと目が合った。
「そう、この龍こそわたしの父であり、水神だ」
凛とした信さんの声が、私にささやきかけた。
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