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龍から人へと姿を変えた水神が、ハナさんの頬にそっとふれた。ぴくりと動くが、意識は回復しない。水神はしばしハナさんを見つめていたが、やがて何かを決意したように、彼女に口づけした。
銀色の長い髪を水の中で揺らしながら、白無垢姿の花嫁に口づけをする光景は、一枚の絵のように美しく、尊い姿だった。
それはおそらく人工呼吸なのだろうけど、そんなことは忘れてしまうほど、優美な様子に目を奪われる。
しばらくすると、ハナさんがゆっくりと目を開けた。目の前に麗しい男性がいたことに驚くものの、すぐに何かを察したようだ。
『水神様でいらっしゃいますか?』
『人はわたしを、そのように呼ぶ』
水神は静かに頷きながら答えた。
『お願いがございます。どうか村に雨を降らしてくださいませ。その代わり、この身がどうなろうとかまいません』
水神に身を預けたまま、ふるふると震えるハナさんを見て、水神は眉をひそめた。
『わたしがそなたを喰うとでも思っているのか?』
『ちがうのですか?』
きょとんとした表情で水神を見つめるハナさんは、あどけなくて愛らしかった。
『わたしは人を喰ったりはせぬ』
『ではどうすれば、雨を降らせて下さいますか?』
ハナさんは困ったように、水神を見つめている。
『どのようなことでもするのか?』
『はい、私にできることなら』
『では、わたしの花嫁となりなさい。そのつもりで水の中に来たのだろう?』
『でも私は、水の中で息ができません』
『今も水の中におるぞ? 気付かなかったのか?』
ハナさんはきょろきょろと周囲を見渡し、自分が水の中で、水神の結界によって守られていることに気付いたようだ。
『まぁ……。私、水の中にいても平気です。なんて、すばらしいのでしょう』
自分の立場も忘れ、子供のようにはしゃぐハナさんが可愛かった。
水神は優しく微笑み、その頬にそっとキスをした。口づけされたことに気付いたハナさんは、ぽっと顔を赤くする。
『人が勝手に送りつけてくる花嫁など興味はないから、たたき返してやるつもりだった。しかし、気が変わった。今日よりそなたはわたしの花嫁だ』
『はい。心よりお仕え致します』
神への生贄として捧げられたハナさんは、本当に水神の花嫁となったのだ。
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