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水神の加護がある神域で、ハナさんと水神は仲睦まじく暮らした。そこは湖を通した先にある異界の場所で、水神の加護がある者以外は決して入ることができないそうだ。
立派なお屋敷もあり、ハナさんは何不自由なく暮らしていた。
水神は神としての務めがあるため、時々龍の姿に戻って飛び立っていくが、何日かするとハナさんが待つ神域に戻ってくる。その暮らしは、人間の夫婦となんら変わりなかった。
幸せそうなハナさんの笑顔は見ているだけで心が和む。きっと水神も、同じ思いだったのだろう。
ほどなくして、ハナさんは妊娠した。彼女が子を授かったことを誰より喜んだのは、他ならぬ水神だった。
『わたしの子が生まれるのか。ああ、なんという喜びだろう?』
『水神様、子はまだ授かったばかり。産まれるのはまだ先でございます』
『そうか、そうであった』
神とはいえ、父となるのは嬉しいようだ。人間のように喜ぶ姿は、見ている私も幸せな気分になれる。信さんも同じ気持ちのようで、微笑みながら父親を見つめていた。
「ハナさんのお腹にいるのが、信さんなのね?」
「そうだ。わたしは父と母に望まれて生まれてきたのだ、そうなのだ」
信さんは改めて確認するかのように呟いた。少し不思議に思いながらも、水鏡に視線を戻す。
妊娠がわかった数カ月後、ハナさんの様子がおかしい。初めての妊娠に不安になり、情緒不安定に陥ったのか、突然ほろほろと涙をこぼすハナさんだった。つわりも酷いようで、常に青白い顔をしている。水神もどうしていいのかわからない、といった様子で、おろおろするばかりだ。
『ハナ、いったいどうしたのだ? 腹が痛むのか? 食べ物が合わぬのか? おまえが欲しいものなら何でも用意してやるぞ』
『水神様、お願いがございます。私は地上に戻りたいのです。体が冷えてたまりませぬ、お日様が恋しい。子が産まれるまで、どうか私を地上に戻して下さいませ』
『そうか、辛いか。わかった、地上におまえが暮らせる場所を用意しよう』
こうしてハナさんは、神域から地上へと戻ってきた。
親交のあったあやかしたちに頼み、水神を祀る水ノ森神社の近くに住まいを用意してもらった。地上に戻るとハナさんの体調は落ち着き、笑顔も戻ってきた。
水神はハナさんが暮らす住まいへ通う形で、彼女を見守る。
ハナさんの出産は、もうまもなくだ。
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