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水鏡の場面が切り替わった。どうやら時間が経過したようだ。
ハナさんが赤ん坊を抱いていた。慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、幸せそうに赤ん坊を見つめている。傍らには人の姿となった水神がいて、涙で目を潤ませながら赤ん坊を見つめている。
『生まれた、わたしたちの子が! ハナ、本当にありがとう。疲れたろう? ゆっくり休みなさい』
『水神様かずっと励ましてくださったから。ありがとうございます、水神様』
『いやいや。礼を言うのはわたしのほうだ。子をもつということが、これほど嬉しいとは思わなんだ。ありがとう、ハナ』
『水神様……』
お互いを思い合い、感謝する姿は、まさに理想の夫婦だった。
「ハナさんに抱かれてるのが信さんなのね? なんて可愛いのかしら」
顔を上げて信さんを見ると、頰を赤く染めながら、ついと視線を逸らす。
「赤ん坊の頃は、誰だって可愛いものだ」
「ふふ、そうね」
照れてる信さんが、赤ん坊とは別の意味で可愛いけど、今は何も言わないでおこう。
それからまた、水鏡の場面が変わった。
ハナさんの足元にまとわりつくように、可愛らしい男の子が笑顔を見せている。ニ、三歳といったところだろうか。ハナさんによく似た愛らしい容姿に、艷やかな黒髪の男の子。
あれ? この子が信さんなら、髪は銀色のはず。あの髪はお父さんである、水神から受け継いだものよね。幼少期は黒髪で、後で銀色になるのかしら。
少し不思議に思いながらも、水鏡が見せてくれる、優しい世界をそのまま見守った。
『ハナ、わたしは神たちが集う場所に行かねばならぬ。しばしこの地を離れるが、大丈夫か?』
水神は妻と子を置いて、神としての務めに行くようだ。
『はい。信と共に、お帰りをお待ちしております』
『うむ、留守を頼むぞ』
『いってらっしゃいませ』
『いってらっさい、おとーたま』
愛らしい笑顔と、たどたどしい言葉で見送りする幼い信さんの頭を愛おしげに撫でた。妻であるハナさんの頬に口づけをすると、水神はその身を翻すように自らを龍の姿に戻し、天高く飛び立っていった。
『お父様がお帰りになるまで、いい子にしていようね』
『あい、おかーたま』
にこにこと笑う幼い信さんが、たまらなく可愛かった。
ハナさんと幼い信さんは、父である水神の帰りを待ちながら、静かに暮らした。
そんな二人の生活を、遠くから見つめるものがいた。数人の男たちが怪訝そうな顔で見ている。その中心にいる男性の顔に、見覚えがある気がした。ハナさんが生まれた村の長だったはず。
訝しげ様子は、幸せいっぱいのハナさん親子の姿とは正反対で、不気味だった。
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