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私は伯父の家にひきとられた。地元の名家として、それなりに裕福だった伯父の家で不自由なく育ててもらったし、特に苛められた記憶はない。
けれど私は、伯父の家に馴染むことができなかった。世話をしてくれた伯母さんが、私の姿をちらりと見ては深いため息をつくのを見るたびに実感した。私は伯父さんの家族にとって邪魔者なのだと。
これ以上迷惑にならないようにしよう。大好きだったお父さんとお母さんの、自慢の娘となれるように。
いつしか私は我慢を友とし、愛想笑いを浮かべるのが常となった。手始めに、私は伯父さんの家の掃除を始めた。掃除をすると、伯母さんが喜んでくれたから。始めは伯父さんたちを少しでも喜ばせたくて、せっせと掃除をしていた。
やがて掃除は喜びをもたらす趣味となり、特技となっていった。
高校を卒業すると同時に伯父の家を出て、働きながら一人暮らしを始めた。
伯父さんは大学までいってもいいんだよ、といってくれたが、丁重にお断りした。
伯母さんの目が少し、ほっとしていたことを覚えている。
それからずっと、ひとりで生きてきた。さびしくなってしまう夜もあるけれど、自立した自由な生活は楽しい。これからも頑張って生きていこう。生きていれば、幸せな出会いだってあるかもしれない。お父さんとお母さんのように。
現実はどこまでも厳しかった。高校卒業後に就職した小さな町工場が倒産した。加えて社長を通して紹介してもらったアパートも、老朽化で取り壊すという。私はまたも、全てを失ってしまったのだ。
「負けるもんか」
言葉では強気な私も、夜になると無性に泣けてくる。泣きながら寝てしまい、亡くなった両親の夢を見たのだった。
そして忘れていた記憶も、わずかに思い出した。
「そういえばあの頃、一緒に泣いていた子がいたっけ」
伯父さんの家の近くにある、神社の湖のほとりで、私は隠れて泣いていた。湖の湖面に、大好きだった両親の姿を思い描いては、ふたりを恋しがって泣いた。
悲しくて、さびしくて、ひとり声を殺して泣いていた幼い私。
私と同じように、泣いていた子がいた。
たしか着物を着ていたように思う。髪の色が普通の子とは違っていたような……。
おぼろげに見えてくるあの頃の記憶。あまりに悲しくてたまらない頃だったから、無意識のうちに忘れるようにしていたのかもしれない。
「行ってみようかな、あの小さな湖に」
それはたんなる思い付きだった。逃避したいだけなのかもしれない。けれど一度「行こう」と思ったら、なぜだが止められなかった。
こうして私は退去予定のアパートに早めの別れを告げ、荷物をまとめると思い出の場所へと向かったのだった。
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