懐かしい場所へ

2/3
前へ
/97ページ
次へ
 湖は鏡のように、私の心を優しく映し出し、つつみこんでくれた。いつまでも泣いてちゃだめだよ、って語りかけられているようだった。 「ふふ。本当に懐かしい」  湖から顔を上げると、風が吹き込み、私の髪をふわりと舞い上げた。その瞬間、脳裏に浮かんだのは私と同じように泣いていた少年の姿。着物を着た美しい少年だった。 『もしもまた出会えたら……するからね?』  少年の姿と一緒に、彼の言葉もぼんやりと思い出す。 「そうよ、ここであの子と出会ったんだ。あれ、でも何を約束したんだっけ?」  必死で思い出そうとしても、なぜか思い出せない。思い出そうとすればするほど、悲しくて泣いていたばかりいた記憶が蘇り、頭が痛くなってくる。辛くなってしまった自分を慰めるように、頭を撫でた。 「思い出せないってことは、本当の記憶じゃなくて、幻影か何かを私が創り出していたのかもね。子供の頃って、そういうことあるって聞くし」 「幻でなければ、鬼っ子? はたまた妖怪変化?」  くすりと笑った。なんだか無性におかしく思えてしまったからだ。 「子供の頃は想像力豊かだもんね、幻覚を本当のことと思ったりもするよね」  自らを納得させるように呟いた。風が心地良く私の頬を撫でる。 「懐かしい場所に来れたからかな。ちょっと元気出たみたい」  これからまた頑張らないと。一人暮らしできるアパートを見つけ、職探しをしなくてはいけないのだから。 「とりあえず今日のところは、どこかの宿に泊まらせてもらおうかな」  決意も新たに身を翻すと、視界に小柄なおばあさんの姿が目に入った。大きな荷物を背中に背負い、ひょこひょこと足を引きずるように歩いている。見るからに辛そうだ。足を痛めてしまったおばあさんが、迷い込んでしまったのかもしれない。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

376人が本棚に入れています
本棚に追加