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「じゃあ、しっかり運ばないといけませんね、よいしょ!」
気合も新たに私は再び荷物を運ぶことに集中した。なんとしても運んでやる。それはもはや意地だった。なぜそこまで意地になるのか自分でもわからなかったが、お坊ちゃまを想うおばあさんの姿に心を打たれたかもしれない。
「ところで、お嬢さんこそ何で水ノ森神社に? 見たところおひとりのようですが」
私の荷物をちらりと見る。おばあさんは心配そうだ。女ひとりがスーツケース引きずって歩いてたら気になるよね。この辺りは特に観光地でもないし。
「以前この近くに住んでいましたので、ここに来たら元気がもらえる気がしたんです。実は仕事と住まいの両方を、失くしてしまったものですから」
「そうだったんですか。それはお辛いですねぇ……」
おばあさんは悲しそうな顔で私を見ている。同情してくれているんだろう。優しい人だ。身の上話をしてもどうにもならないのに、おばあさんにはつい話したくなってしまった。なぜか受け止めてくれるように感じたから。
けれど空気が重くなるのも嫌なので、話題を変えることにした。
「そうだ、おばあさん。この近くに旅館ってないですか? 今晩寝るところもないんです」
おばあさんの目がきらりと光った気がした。
「よろしければお屋敷にいらっしゃいませんか? おもてなししますよ。お礼もしたいですから」
「そんなお礼だなんて。そんなつもりはないですよ」
お礼が欲しくて、おばあさんの荷物を運んだわけではないのだから。
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