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多目的教室のドアを開けると、木製の椅子に腰掛けていた30人くらいが、一斉にこちらを見た。私はいつもの自信に満ちた微笑みを、やや深める。
「こんにちはぁー」
「あっ、麗華さん、いらっしゃい!」
「やぁね、城戸部長。他人行儀だわ」
「お、お客さんですよ、麗華さんは」
天文部の城戸君は3年生なのに、私を前にすると、いつも緊張で言葉を噛むし、赤くなる。ふふ、おっかしい。
「これ、今月号と……頼まれていた本」
チラと半歩後ろを見遣れば、愛花が紙袋から月刊誌3冊と新書本2冊を取り出し、作業台の上に並べた。
「『星空ガイド』『天文ファン』『宇宙の窓』、それと……うん、間違いない。いつもすみません」
「いいのよ。既成事実なんだもの、ね?」
「は、は、は……」
彼は頰を引き攣らせて、眼鏡の奥の瞳を泳がせた。
「じゃ、あとは宜しくぅ」
「はっ、はい!」
「ありがとーございまぁす」
作業台の近くに座っていた7、8人からパラパラ聞こえてきた礼に、片手を上げて応えた。
同じ部屋の窓側に、愛花と進む。
「麗華さん、待ってたわぁー」
愛想の良い女――こちらも3年。追川さんが、馴れ馴れしくギュッとハグして、すぐに離れた。
「ええと、『手芸の友』と、手縫い糸とミシン糸を10セットずつ、で間違いなぁい?」
「えっ、5セットで良かったのに。助かるぅ」
雑誌と25色入りの色糸セットの箱を、愛花が作業台に置く。
「あら、多くても困らないでしょ? じゃ、あとは宜しくねぇ」
手芸部に見送られて、更に教室の奥に行く。そこでは、囲碁部が6人、大人しく盤面を睨んでいた。
「……あら」
「西園寺……斉藤さん」
黒川の向かい側に、白熊がいた。彼は、私達にあからさまな批判の眼差しを投げた。
「白熊君。囲碁部に入ったの?」
発せられる嫌悪感を受け流して、にっこり微笑んでみせる。
「いや、俺は見学。だけど、西園寺って、なんなの?」
不躾な、張りのある声が教室に響き、他部の生徒達も一斉にこちらを注目した。
「おい、翔!」
囲碁部長の黒川が、慌てて静止に入る。が、白熊は椅子から立ち上がると、私と愛花をジロリと睨めつけた。
「お供を連れて、お情けでも与えてるつもりか?」
「あら、酷い言われようね。私が、自分の所属部に消耗品を寄贈して、なにが問題かしら」
「……所属部?」
白熊が怯む。そこを一気呵成に畳み掛ける。
「そうよ。うちの学校は、部活・同好会の掛け持ちを認めているの。生徒手帳24頁、ちゃんと確認するといいわ」
「翔、悪いけど、西園寺さんの言う通りなんだ。それに、俺達、彼女の寄贈品に助けられているから」
「新一……」
気まずげに同調する黒川を、裏切られたような目付きでマジマジと見詰めるが、白熊からそれ以上非難はなかった。
「黒川君、今月の雑誌置いていくわね」
「あ、ああ、うん。いつもありがとう」
愛花が青ざめたままなので、私が直接紙袋から『囲碁界』と『囲碁倶楽部』の2冊を取り出し、黒川に手渡した。
白熊は、その様子を憮然と眺めている。ふふっ、小気味いい。
「お騒がせしてごめんなさいねぇ! じゃ、皆さん、まったねー」
教室全体に挨拶して多目的教室を出ると、私と愛花は、次の部室に向かった。
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