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夏休みで良かった。こんな顔じゃ、恥ずかしくて学校に行けない。いや、白熊に見られるなんて、耐えられない。
紺色のノースリーブのコットンワンピの上に、白いロングカーディガンを羽織り、つば広帽を目深に被る。ショルダーポーチを斜め掛けして、1番近いドラッグストアへ急ぐ。
薬剤師のお姉さんに相談して、良く効くというニキビクリームを買った。彼女は、肌を清潔にして、ビタミンB群やビタミンCの摂取と質の良い睡眠、あとはストレスを溜めないこと――そんなありきたりなアドバイスをくれたが、美肌の瑞々しさには説得力があった。
外は、今日も猛暑だ。吹き出す汗を拭いながら、途中でコンビニに立ち寄った。白熊がとやかく言うまで、毎日愛花と登下校で顔を合わせ、背中を見送っていたコンビニだ。特に用事があった訳じゃない。少し涼んで帰りたかった。
店内をブラブラして、雑誌コーナーでファッション誌を立ち読みする。そろそろ波月達に何かコスメを贈らなきゃ。
何気なく、雑誌を棚に戻したついでに投げた窓の外で、サッと動く影に気づいた。
馬鹿ね、あれで隠れているつもり?
愛花だ。つばが下向きに長い白い帽子を深く被り、Tシャツに膝下丈のコットンパンツを履いている。斜向かいの電柱の陰に隠れて、こちらを覗っているのだ。様子を見るに、ここのコンビニに用があるのに、私がいるから入れない――そんなところだろう。
雑誌を置き、スマホからメッセを送る。そういえば、愛花にメッセなんて、いつ振りだったかしら。
『バレてるわよ。用事があるなら、入ってきたら?』
電柱の陰の彼女は、明らかに動揺した。手元とこちらを何度か交互に見て、オドオドと俯きながら店内にやって来た。
「レーカちゃん……」
「久しぶり。なに、コソコソしてんのよ」
「えっ……だって、あの……」
真っ赤な顔は、気温のせいだけではないだろう。
「汗。拭きなさいよ」
発汗後の急冷房は、夏風邪の元。彼女は驚いた顔で帽子を脱ぐと、夏休み前とは違うショートヘアを払って、タオルハンカチで肌を押さえた。その額に、ニキビが増えていた。額だけじゃない。顎と小鼻にも赤い発疹がある。
「ちょっと愛花、あんたどうしたのよ」
汗を拭い終えると、彼女はハッとして、また真っ赤になった。
「ちゃんと洗顔してる? 食生活は? 脂っこいモノばかり食べてない? あと、ちゃんと眠ってるの?」
矢継ぎ早に訊きすぎたのか、彼女は隠すように帽子を被り直して、唇を結んだ。
「あんた、白熊とは上手くいってるの?」
「えっ」
今更なのに、愛花は帽子の陰から目を見張る。
「付き合ってるんでしょ? 図書館で親しげに話してたじゃない」
「――あ」
「言いたくなかったら、いいわ。だけど、白熊のせいであんたの肌が荒れるのは、許せない」
「ち、違うの。白クンは、悪くない……」
多分、彼女なりに精一杯。勇気を振り絞っての反論に違いない。
「そ? ま、いいけど。あたしに振り回されなくなったんだから、あんた、自己管理くらい確りなさいね」
気心知れた筈の私にすら、はっきり自分の意見が言えなかったのに。彼女が変わったなら、それは親友として喜ぶことだ。それくらい、分かっている。
「あ、そうだ。これ――ニキビに凄く効くらしいの。洗顔の後に使ってみて」
返事に戸惑っている彼女の手に、ドラッグストアの小さな紙袋を押しつける。
「……レーカちゃん?」
「白熊の奴は、いけ好かないけど、私、あんたとケンカしたつもりはないのよ? じゃあね」
呆気に取られている愛花を残して、私は来た道を引き返した。ああ、私って馬鹿じゃない? この暑い中、また、ドラッグストアに行かなくちゃならないのに。
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