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検温の報告を終えたユイカは、久しぶりにベランダに目を向けた。 昨日まで降り続いていた雨が、今日はやんでいた。これなら、外に出ても差し支えなさそうだ。 ガラス戸を開けると、湿った空気が流れ込んできた。 不快だ。 それなのに、どこか懐かしいような気もしていた。 (夏だ……) そうだ、夏だ。 自分の知っている夏は、これだったはずだ。 それなのに、神様はなぜ自分に「違う夏」を与えたのだろう。 ガラス戸の向こうが快適であることを、ユイカは知っている。 室温も湿度も完璧に調えられ、課せられているのは検温と日記だけ。 それなのに、この倦怠感はなんなのだろう。 日に日に頭がぼんやりし、身体の芯が腐っていくような気がする。 あのなかにいれば、じっとりと肌が汗ばむこともないはずなのに。 ふと、斜め向かいの建物に目を向けた。 プールでは、今日も誰かが泳いでいた。 ただ、水面に模様を描いているのはひとつだけだ。先日見かけたときは、それぞれの端にふたつの絵ができていたはずなのに。 物足りない。 ユイカは、目を細めた。 これじゃない。そうじゃない。 誰か、もうひとつ模様を描いてはくれまいか。 誰でもいい。 男子でも女子でも、大人でも子どもでも。 (いっそ、私が……) こくん、と喉が鳴った。 不快な汗が、こめかみを伝い落ちた。 次の瞬間、ユイカはガラス戸に手をかけていた。 真っ白な床を横切り、履き物に足をつっこみ、玄関の鍵を外す。 勢いよく開けたドアから、生温い風が流れ込んできた。 夏だ。 私の、夏だ。 この扉の先に、私の夏が── けれども、そこまでだった。 けたたましいアラーム音が、すべてをかき消してしまった。 発信元は、自分の左手首。 その通信機に目を向ける間もなく、複数の大人たちがユイカの目の前に立ちふさがった。 何をしているのか。 どこに行くつもりなのか。 誰の許可を得たのか。 次々と繰り出される詰問のなか、ひときわ耳に残った言葉。 ──「神様に逆らうつもりなのか」 ユイカの夏は終わった。 彼女は後ずさり、当然のように大人たちは扉を閉めた。 その直前、同じ年頃の女の子が、向かいの部屋に案内されるのを見た。 「クリウ・モモ、503号室へ」 日に焼けた、同年代の少女──きっと、あの子も閉じ込められてしまうのだろう。 この国の神様が用意した「夏」のなかに。
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