第五章 張り巡らされた罠

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僕は秋月の後姿を見送りながら 「すみません。今日は…早いんですね」 と、田中さんに声を掛けた。 すると田中さんは小さく微笑み 「今日は休暇を取っていたんですよ」 そう言いながら、渡した僕のノートをパラパラとめくって見ている。 「え!休暇なのに…わざわざ早く来て下さったんですか…。すみません」 思わず申し訳なくて小さくなってしまう。 すると田中さんは小さく笑って 「そういう反応は、翔さんでは見られないですから新鮮ですね。」 と言うと 「赤地さんは…理数系が苦手でしたっけ?」 そう言いながら参考書を僕側へと向ける。 「あの…、迷惑ですよね。」 落ち込みながら呟くと 「そうですね…。翔さんには、本当に迷惑していますよ」 僕を見つめ、にっこり微笑むとそう答える。 「ですが、赤地さんも私も、翔さんの我儘に一緒に巻き込まれているのですから、あなたが気になさる事はありませんよ」 田中さんはそう言うと、僕の頭をポンポンっと軽く撫でる。 「さ、時間が勿体無いので始めましょう」 田中さんはそう言って、参考書と僕のテストの答案用紙。授業のノートを見ながら勉強を教えてくれた。 田中さんは大学時代、教育学部を専攻していたらしくて教え方が上手だった。 僕が引っ掛かりやすい箇所や、理解不足の所を指摘して分かりやすく教えてくれて、気が付いたらかなりの時間が経過していた。 秋月の部活が終わり、着替え終わって図書室へ顔を出しに来ていた。 「そろそろ帰りたいんだけど?」 秋月に呆れた顔で言われて、ハっと我に返った位に集中していた程だ。 「あ、ごめん。田中さんも、長い時間すみませんでした」 慌てて片付けていると、田中さんはフッと笑って僕の頭にポンっと手を乗せると 「良いんですよ。私も、教え甲斐のある生徒で楽しかったので」 そう言ってくれた。 そして秋月の顔を見てから大きな溜息を吐いて 「翔さんも、赤地さんくらい勉強に取り組んで下されば、私も教え甲斐があるんですけどね…」 と呟く。 「はぁ?嫌だよ。俺、勉強嫌いだし」 秋月は興味無さそうにそう答えると、図書室の本に手を伸ばしてパラパラとめくっている。 田中さんは手早く参考書を片付けると 「では、参りましょうか」 そう言ってポケットから車の鍵を取り出した。 車に乗り込むと、秋月は疲れているのかウトウトしたかと思うと、そのまま眠ってしまう。 毎回ながら、一緒に居る僕に本当に気を遣わない奴だな~って思いながら見ていると 「赤地さんは、勉強が好きなんですか?」 って、運転しながら田中さんが訊いて来た。 「え?あ…好きというか…、特待生なので…」 モゴモゴと口籠っていると 「宜しかったら、毎週水曜日は翔さんに勉強を教えているんですよ。赤地さんもご一緒にどうですか?」 と言われた。 「え!良いんですか!」 思わず後部座席から、運転席の田中さんに身を乗り出して聞いてしまった。 すると田中さんはクスクスと笑いながら 「私で宜しければどうぞ」 そう言われて、思わず嬉しくてコクコクと頷いてしまう。 「嬉しいです!田中さんの教え方、分かり易くて助かります!」 笑顔で言うと、田中さんは本当に嬉しそうに微笑んで 「ありがとうございます。そう言って頂けると、嬉しいです。何せ、うちの翔さんは全く興味を持ってくれませんからね…。赤地さんとご一緒なら、逃げ出す事も無いでしょうし…」 と苦笑した。 「え!逃げ出すんですか?」 隣で寝ている秋月の顔を見て叫ぶと 「ええ。10回に1回は逃げられますね」 と溜息交じりに田中さんが呟く。 「信じられない…。恵まれてると、有難さが分からないんですね…」 僕が呆れて呟くと 「恵まれているか…は分かりませんよ。私から見たら、赤地さんも恵まれた環境だと思いますよ」 田中さんは微笑んだままそう答えた。 僕は『田中さんの学生時代はどうだったんですか?』って聞いてみたい気がしたけれど、なんとなく聞いてはいけない気がしてそのまま窓の外へと視線を移した。 薄く暗くなり始めた街並みを、僕はただ黙って見つめて居た。
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