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翌日から、冴木会長のラブコールは続き…、僕はとにかく逃げ回っていた。
「良いんじゃね~の。冴木会長なら、大事にしてくれると思うけど…」
秋月は他人事だから、簡単に言っている。
毎朝、真っ赤なバラの花束と臭い愛の言葉を言われる僕の身になって欲しいと切に思う。
「赤地蒼介~」
毎回、フルネームで呼ばれて、僕はひたすら逃げ回っていた。
すると美術準備室のドアが開いて
「こっち」
っと、手招きされる。
僕は冴木会長から逃れられるなら…と、美術準備室へと逃げ込んだ。
僕を手招きしたのは、美術講師の永田先生だった。
いつも油絵具の沁みが着いた白衣を着ていて、ちょっと風変わりな先生だと聞いている。
「大丈夫?」
いつもボサボサの頭に銀縁眼鏡。
自分の容姿にこだわらないらしく、身なりを構わない感じが出てはいるが、不潔感を感じさせない不思議な人だった。
僕に紙コップに入ったコーヒーを差し出したので
「あ…すみません。僕、コーヒーが飲めないんです」
と、遠慮がちにお断りする。
すると廊下から
「赤地~!赤地蒼介~!何処だ?」
と叫ぶ冴木会長の声が響く。
「きみは…随分と冴木に気に入られてるんだね」
永田先生はそう言うと、僕に出したコーヒーを自分で飲み始める。
「ははは…どうでしょうか…」
僕が空笑いを浮かべると、突然近付いて来て僕の顎を掴んだ。
何かを射るような目で僕の顔をまじまじと見ると
「なるほど…。これは…、冴木が気に入る筈ですね」
そう言って僕の顎を掴んでいた手を外した。
「失礼な事をしてすみません。つい、美しい物を見ると観察する癖がありまして…」
「はぁ…」
何を考えているのか分からない永田先生の目が、一瞬怖いと思った。
すると永田先生はにっこり微笑み
「これはこの部屋の鍵です。又、追い掛けられて逃げ場に困ったら来なさい」
そう言うと、僕の手に小さな鍵を手渡す。
「え?でも…」
戸惑っていると
「此処は普段、私が絵を描く為にしか使いません。ご自由にどうぞ」
笑顔で言われ
「はぁ…」
と、頷いた。
すると永田先生は笑顔を浮かべたまま
「お礼は…そうですね。そのうち、私の絵のモデルになって下さい」
そう言って、僕に背を向けてまだ白いキャンパスへと向かう。
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