第五章 張り巡らされた罠

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第五章 張り巡らされた罠

その日の放課後。 鍵を返しに行かないと…と、美術準備室へと向かう。 秋月には「絶対に一人で行くな」とは言われたけど…、いつも放課後は部活へと行ってしまう秋月に付き添ってもらうのも悪くて、つい一人で来てしまった…。 (学校の講師だし…変な事はされないよな……) そう考えて、美術準備室のドアをノックした。 するとドアが開き 「やぁ、いらっしゃい」 と、永田先生が笑顔で現れる。 「あの…鍵を返しに来ました」 鍵を差し出して言うと、永田先生は鍵を差し出した腕を掴み準備室の中へと僕を押し込んだ。 思わず警戒していると 「そんなに警戒しないで大丈夫ですよ。何もしませんから…」 フフフって笑うと、永田先生は僕から受け取った鍵を自分の胸ポケットに入れる。 「残念ですね。私は教師と違って講師ですからね。中々、生徒と交流が出来ないんですよ。お友達が欲しかったんですけどね」 ワザとらしい溜息を吐くと、永田先生は僕の顔を見て肩を竦めた。 僕は思わず 「お友達って…」 って驚くと 「おや?おかしいですか?これでも、寂しがり屋なんですよ」 と、おどけてみせる。 僕がその様子に小さく笑うと、永田先生は僕の頬に手の甲で触れて 「きみは笑うと…随分雰囲気が変わるのですね…」 そう呟いた。 「そうですか?」 思わず後ずさりをして答えた僕に、永田先生は僕からゆっくり離れて 「今日、出会ったばかりですし…信用してくれと言うのは難しいかな…」 そう言うと、永田先生は考え込んだ仕草をしてから 「じゃあ、こうしましょう。準備室の鍵は開けておきます。気が向いた時に遊びに来て下さい。私はずっと待っていますから」 にっこりと微笑んで言われる。 「もう…来ないかもしれませんよ」 呟いた僕に、永田先生は小さく微笑み 「そうしたら、振られたと思って諦めます」 そう答えた。 「私はきみを描きたい。でも、きみはまだ私を信用出来ない。それなら、信用されるまで待ちますよ」 悪人とは思えない笑顔を浮かべて言われてしまう。 「僕なんか描いて…なんの得にもなりませんよ…」 戸惑って答えた言葉に 「おや?そんな事は無いですよ。きみはとても美しいです…。そう、この世の生き物とは思えない程に…ね…」 うっとりした顔で僕の髪の毛にキスを落とすと、永田先生はそう言って微笑んだ。 「芸術を愛する身としては、つい、美しい物を見るとキャンバスへ残したくなるんですよ」 そう言うと髪の毛から手を離し、ゆっくりと僕の頬に触れる。 「こんなにも、全てが完璧に美しい人を見た事が無かったので、ついしつこくしてしまってすみません」 永田先生はそう言って微笑むと、僕に背を向けた。 「今日はもう、帰りなさい。又、来てくれると嬉しいけど…」 と言って、出会った時と同じようにキャンバスへと向いてしまった。 僕は準備室から出ると、ホッと溜息を吐いた。 何を考えているのか分からない瞳が、妙に緊張させる。 すると、秋月が道着のまま階段を駆け上って来た。 「赤地!」 呼ばれて、僕の腕を掴まれる。 「お前、あれ程、永田に近付くなと言っただろう!」 小声で怒られ、僕はムっとする。 「別に…鍵を返しに行っただけだよ。」 「本当か?何もなかったか?」 漆黒の瞳が、僕を心配するように瞳を覗き込む。 「何も無いよ…。お前、僕の母さんか!」 そう言って、秋月の頭をチョップした。 すると安心したように秋月は笑って 「それなら良かった…。俺は部活に戻るけど、田中に早めに来てもらってるから」 そう言いながら図書室へと連れられた。 どうやら秋月は、田中さんが勉強を教える名目で図書室への出入りの許可を取ったらしい。 図書室へ行くと、窓の外を眺める田中さんの姿があった。 毎回、田中さんの姿を見ると心臓が跳ね上がる。 コロンの香りがすると、何故か目が田中さんを探してしまう。 何故、こんな感情になるのか…僕には分からなかった。 田中さんは僕達に気付くと、ふわりと笑顔を浮かべて 「赤地さん。勝手に翔さんが鞄をこちらへ移動してしまいましたが、大丈夫ですか?」 そう言って、図書室の机に参考書を並べ始めた。 「じゃあ、俺は部活に戻るから」 秋月はそう言い残し、図書室を後にした。
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