第五章 張り巡らされた罠

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「?」 疑問に思って見ていると、永田先生が植え込みから突然現れたのだ。 「な…永田先生?」 驚いて叫んだ僕に、永田先生は頭や白衣に着いた葉っぱを払いながら 「やぁ」 って微笑む。 「何してるんですか?」 驚いて尋ねると、永田先生は指差して 「あそこにね、綺麗な花が咲いているんだ。夢中になって絵を描いていたら、いつの間にか葉っぱだらけになってたんだよ」 手にはスケッチブックを持っており、そう呟いた。 「そんなに綺麗な花なんですか?」 思わず興味を持って尋ねると、永田先生は頷いて 「見てごらん」 そう呟いた。 僕が恐る恐る近付くと、植え込みの先に綺麗に整えられた花壇があった。 様々な花が咲いていて本当に綺麗だった。 「本当ですね」 振り向いて呟くと、永田先生の顔がすぐそばにあってびっくりした。 先生は目線を花壇に向けたまま 「この学校は、隠れなんちゃらみたいにあちこち花が植えられてるんだよ。見つけるのが楽しくてね…」 子供みたいに笑いながら話す永田先生に、僕も思わず笑顔を返していた。 「あの…、先生の絵って見たらダメですか?」 いつも大事そうに抱えているスケッチブックが気になって、思わず聞いてしまった。 すると先生は困った顔をして 「書きかけの作品は、裸を見られるみたいで恥ずかしいんだよ。準備室に来れば、たくさん作品があるけど…どうする?」 そう聞いて来た。 僕は時計を見て、秋月の部活が終わるまでまだ時間があるので先生に着いて行く事にした。 美術準備室に入ると、永田先生は幾つかのキャンバスを見せてくれた。 それはどれも美しく、本当にこの人が描いているのか?と思うほどに繊細だった。 夢中になって絵を見ていると 「絵…好きなの?」 と、永田先生が聞いて来た。 「描くのは下手ですけど、見るのは好きです」 美しく描かれた風景画や、宗教画のような天使やマリア様が描かれた絵を見ながら答えると、永田先生が 「他にもたくさんあるから、好きな時に見に来て良いよ」 そう言いながら、僕に紙コップを差し出した。 「あ…僕、コーヒーは…」 と答えると 「ミルクティーだよ。好きでしょう?」 そう言われて、手渡された。 「え?…はい。僕、ミルクティーが好きって…言いましたっけ?」 思わず永田先生に尋ねると 「この間、コーヒーが飲めないって話した時、ミルクティーなら飲めますって言ってたよ?」 と、笑顔で返された。 (そうだったかな?) 疑問に首を傾げながら、ミルクティーに口を着ける。 すると、僕が好き好んで飲んでいるミルクティーの味だった。 (あれ?好きな銘柄…話したかな?まぁ…何処にでもある奴だし…) って、この時は全く気にしていなかった。 まさか…永田先生が僕の好みを全て調べているとは夢にも思わなかったんだ。  あの日以来、偶然、永田先生と会う事が増えた。そして会うと必ず、絵を見に来るように誘われるようになる。 先生と話しをしていると、好きな本や音楽。 食べ物などが共通していて、いつしか僕の中で、気の合う先生という認識になっていった。 秋月からは相変わらず『近付くな!』って文句を言われていたけど、あまり気にしないで永田先生と一緒に過ごす時間が増えて行った。 そんなある日の事だった。 「赤地君、本当にモデルになってくれないかな?」 いつも通り、他愛のない話をしていた時の事だった。 「え?僕がモデルって…向いていないですよ」 苦笑いして答えていると、なんだか瞼が重くなって来る。 「きみ以上に、素晴らしいモデルは何処を探してもいないと思うよ」 永田先生の声が、段々と遠くなっていく。 「あれ?」 僕が必死に頭を振っていると、永田先生の手が近付いて来た。 「だって…きみは俺だけの天使なんだから…」 ゾッとする程陰湿な声が聞こえて、危険を感じた瞬間に僕の意識が途絶えた。
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