第五章 張り巡らされた罠

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こんな姿を見られるのは嫌だと思って目を閉じると、慌ただしくドアの閉まる音がして 「翔さん、すみません。私が良いと言うまで、誰も近付けないで下さい」 そう叫ぶ声。 (あぁ…やっぱり田中さんか…) そう思っていると、僕に近付く音がして 「すみません、遅くなりました」 という声と共に、僕の身体に田中さんの着ていたジャケットを脱いで被せた。 すると、永田先生のモップを持って殴り掛かろうとしている姿が目に入る。 「田中さん!」 そう叫んだ時、鈍い音が響く。 必死に視線を追うと、田中さんが回し蹴りで先生のモップを折っていた。 そして、その反動のまま、回転するように反対側の足で先生の横っ面を蹴り上げたのだ。 先生は物凄い勢いで吹っ飛び、キャンバスがなぎ倒される。 そして倒れた先生の右手を踏みつけて 「お前のこの手を、二度と使い物に出来ないようにしてやる!」 吐き捨てるように言って、ギリギリと足で手を痛め付けている。 「痛い!止めてくれ!頼む!」 叫ぶ先生に、田中さんは見た事が無い程冷めた目をして先生を見下ろし 「お前がやった事が、薄汚いお前の手の骨を砕けさせた程度で終わると思うなよ!」 そう言うと、足を振り上げた。 「止めて!」 必死に叫ぶと、田中さんの動きが止まる。 「犯罪者になっちゃう。ダメ…だよ」 動かない身体で必死に泣きながら叫ぶと、田中さんは足下で蹲っている永田先生の腰を踏み付け 「貴様のような外道、手で触るのも汚らわしい!」 そう言って、先生の白衣の襟を掴んだ。 「来い!」 先生を連れて行こうとすると、先生がペンディングナイフを振り上げる。 危ないっ!って息を飲むと、田中さんは軽く手刀で叩き落として、お腹に1発拳を入れた。 「ぐぅ…」 という鈍い声を上げ、永田先生がぐったり倒れる。田中さんは、気を失った永田先生の白衣の襟を掴んで引き摺ると、ドアを少し開けて先生を放り出した。 ドアが閉まり、ドアの向こう側から 「田中、蒼介は?」 って叫ぶ翔の声が聞こえる。 あぁ…、翔の忠告を無視したのに、結局、迷惑を掛けてしまった…。 ぼんやりと考えていると、再びドアが開く音がして、鍵が掛かる音にギクリとする。 助かったんじゃないの? そう思った時、ふわりとコロンの香りと優しい手が僕を撫でた。 「もう、大丈夫です。すみません。その姿を見られるのは嫌かと思いまして…。鍵を掛けさせて頂きました。」 田中さんの声に、僕は机に突っ伏した状態で田中さんを見上げる。 動かない僕を不審に思ったのか、田中さんが僕の身体にそっと触れると、眉間に皺を寄せて 「もしかして…動けないんですか?」 そう言うと、ゆっくりと抱き上げた。
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